芸術というものの役割について思う

この数ヶ月の間に、いままでのサイクルで考えるとありえないほどに、さまざまなプロフェッショナルというか、神さまみたいな方々の「表現」に触れた。

ウォンウィンツアンさん、井上陽水さん、坂本紀男さん、永積タカシさん、じぶこんさん、水野みさをさん、近藤良平さん、西川克己さん、山本安朗さん、そしてこの絵画の堀内亜紀さん…

音楽、ダンス、絵画、アート…

それはまとめると「芸術」というものになるのだと思う。

音楽なら歌詞や音程、ダンスなら技術や柔軟性、絵画なら精巧さ、アートなら色使い… そういうのが素晴らしく、評価されている人は、世の中にたくさんたくさんいる。

でも… 観たり聴いたりした瞬間に、自分の奥底にある本質そのものに触れてくるものには、なかなか出会えるものではない。

経験したことのない内容の歌詞なのに、見たことのない建物なのに、姿かたちのないはずの神さまなのに、知らない言語なのに… なぜかその背景や情景や感情が、ありありと浮かぶ。懐かしいような気持ちになる。なんにもわからないのに、なにかを思い出しそうになる。

そんなふうになるかならないか… の、その差は。

それは、そのアーティストさんがのせたものと、自分の根底にあるものが、魂レベルで共鳴するかしないか… なんだと。そして… もしかしたら、自分を解き放って、自分の本質に自分自身がつながったときに、初めて魂がゆさぶられ人生すら変えてしまうものに出会ったりするのかもしれないなぁ… と。

こんな短期間で、たくさんの素晴らしい方々の表現に触れ、共鳴することができたことを幸せに思いつつ… この濃縮したいろいろのタイミングは、きっと自分の表現方法について、あらためてちょっと、落ち着いて考えるときですよー?ってことなのかなぁ…なんて、思ったりして。

そんなことに気づかせてもらった… 猿田彦大神につづいて、わたしが出会えた、この三輪山の「山ノ神」。自動書記のように描かれる、大いなる存在に選ばれた堀内亜紀さんの作品には、きっと、どの人も必ず惹かれる一枚が存在すると思います。

堀内亜紀さんの個展は、本日(5/29)16:00まで。
馬車道駅の5出口からすぐの、大津ギャラリーにて開催されています。

星の塔門〜0からおのずと〜堀内亜紀個展