あたりまえなんてない

大型地震や台風… 今回のウィルス。予測できないいろいろ。まわりでもたくさんのイベントが中止になり、それにともなって、みえていない多くの人たちが大打撃ををうけている。こんなとき、大企業ならなんとか持ち堪えられるかもしれないけど、個人商店はいとも簡単に露頭に迷ってしまう。

こんなときに感じるのは、普段の「あたりまえ」が、かけがえのない幸せな日々なんだということ。「あたりまえ」なんてないんだということをひしひしと感じる。病気になってはじめて、健康な身体がいかに大切なのかに気づいたり、大切な人を失ってはじめて、その存在の大きさに気づくのとおなじ。

「国内のワクチンメーカーは厚労省の天下り先で、自分たちのワクチンを売りたいから対応が遅れた」とか、国民の健康を省みずに自分たちのことしか考えてない人たちが国を動かしてるとか知って、はらわたが煮えくりかえるけど… こんなときにもブレずにいるためには、情報がいくらでもとれる今だけど、その元がどこからのものか… 生き方そのものや大切に思ってるものを見直し、本質を見極めていく「人間回帰」がなにより大切だなって思う。

バナネイラも今週は閑古鳥の日もあって、不安でいっぱいだけど… 要はそんな本質をちゃんと捉えて毎日を過ごせば、この国のヘンなこととかヘンな人とかと関係ないフィールドで在ればよいだけだった。昨日もそんなお客さんが「こんなときこそ野菜たべないとね。もっと普段からちゃんとしようと思ったよ。」とか「スパイス摂ってれば平気だよね。」とかのコトバに救われたり、でも、だからって政治に関心をもたずに生きていくのはナンセンスだし、明るい未来のためにはそこを無視するわけにはいかないから、微力だけど、わたしはわたしにできる発信をつづけていきたいと思う。

自然のなかには、何かをたすけるための植物しかない。殺菌、抗菌、浄化… ビタミン、食物繊維、ミネラル… そして微生物。このコロナすら、変容してチカラが弱くなってるらしいし。しかも以前から既にたくさん入ってきてて、多くの人が免疫を持っているという見解もある。

起こることはすべて光に向かうためのプロセス… 今回のことも、いろんなことの気づきになった。

インフルエンザワクチンとか、狂犬病ワクチンとか、予防接種とか、そんなあたりまえとされてるものについて、今一度ちゃんと考えて行動できる人が増える日本に、はやくなってほしい。

「アイデアとは魚のようなものだ。小さな魚を捕まえるなら、浅瀬にいればいい。でも大きな魚をつかまえるには、深く潜らなくてはならない。」

            ディビット・リンチ