アフターコロナ。ウィズコロナ。

新型コロナウイルスのワクチン…?それってかなりのいたちごっこ。インフルエンザのように、 この先、コロナより強い命を脅かす耐性菌もやってくるかもしれない。 

だから… 「アフターコロナ」というより、これはもう、いろんなことを変容させていく、始まりだったり、きっかけであって。

コロナウイルスに感染し、症状が悪化している方は、自然免疫機能がうまく働かず、ウイルスが増殖してしまった結果、炎症や免疫をコントロールする酵素をもった細胞が感染。獲得免疫が発動することで細胞ごと破壊されてしまうため、炎症や免疫のコントロール機能が多く失われ、免疫の暴走が始まってしまっている状態。

さらに重症化している方たちは、慢性的な炎症が続いてしまい、自然免疫・獲得免疫ともに低下し、免疫のコントロールが不能になっているそう。

高齢者や妊婦さん、抗がん剤治療などで免疫力が下がってる方たちが重症化しやすいのは、このような理由からだということは…

これから最も重要なことは、オーガニックの野菜やスパイスを使った料理をたっぷりとたべて、運動をしっかりして、仲間とたくさん笑って、善玉菌を蓄えつつ、自身の免疫力を開発し【ウィズコロナ】… どんな菌にも負けないカラダを作っていくことしかないと思う。

免疫力の高めるということ… それはもう、コロナ前からずーっと心がけて提供してきた料理やライフスタイルが、そのまま今の現状にマッチしたもの。

やっぱりコレでいいんだ!

いろいろが大変なこの数ヶ月だけど、もっともっと、そんな声が届いていない層にココロとカラダの健康について発信できるように、多くの人の気づきになれるようなメディアとしてのバナネイラを目指しながら末長く育てていくことが、わたしにとっての至福のミライ。

ニーズの変換

「国民には和牛商品券を…」
なんか、とっても、ふっきれました。

マスクを買い求める長蛇の列をみて…

「そうか。みんな死にたくはないんだ。」
「なのになぜ白砂糖や小麦や添加物は気にしない?」
「病気になったら薬を飲んで直すのがあたりまえ?」

「そうか、コロナをやっつける薬がないから不安なのか。」
「そして、気にしてないんじゃなくて知らないんだ」

大切なのは「手洗い」「マスク」「殺菌」じゃなくて、ウィルスに負けない免疫力の高いカラダをつくることだと。

病気になったら薬を飲むんじゃなくて、病気にならないココロとカラダを食や運動でつくれるんだと。

ずーっと、そんなことを叫んできて、
そんなお店まで作ったけど、

わたしの声は、きっと、
まだ、ほんとにほんとに僅かな人にしか届けられてない。

それに、不安を煽るような報道だけして、保証の話もせずに、ただただ「自粛」の指令だけだして、満員電車の集団感染が一番問題という指摘に「乗った事ないからわかんない」って言う厚労大臣。すぐにでも現金給付をしなきゃ生きてけない人がいるとの指摘に「じゃ、商品券で」っていう財務大臣。そこに、「じゃ、和牛券を」っていう自民党。町内会のミーティングかよ。でも、これが現実。この国では、自分の身は自分で守らないと。

「食を見直すきっかけ」に、2 bananeira. ドイス バナネイラがなったらいいとかいってきたけど、わたし、結局は、いちばん知って欲しい人たちに届ける方法をちゃんと考えてなかった。来てくれてるのは、自分で気づいて足をむけてくれた人。元々その本質を知ってた人。病気になってしまって食を変えた人。カップラーメンとか菓子パンでお腹を満たしてる人にこそ、伝えなきゃいけないのに。

いや… 
どこかで、そんな人には、メガホンをつかって耳元で叫んでも届かないや… って思ってたし、今もまだそう思ってる。思ってるけど… 

災害のあと。大雪の前の日。そして昨日も。
スーパーで菓子パンの棚やカップラーメンの棚がすっからかんになってるのをみて、いつも心が痛む。「食事はお腹をみたせばいい」ってことじゃない。家にこもるならゆっくりと料理すればいいのに… むしろそれならプチ断食したらいいのに… と、無力感が襲ってくる。

今回のことで、そんな本質に気づく人が増えてほしいし、生産性や利益だけを考えた商売ではない、手間隙かけた農業ですごい作物をつくってる人たちや、伝統製法でホンモノの味噌や醤油をつくりつづけている人たちを尊重してほしい。そして、そういう本来の食べ物を求めてほしい。

自分の身は自分で守るしかない。
そしてそれは、殺菌や人ゴミを避けることじゃない。
でも、今、免疫力がない人は、そうしないといけない。
そして、菌をばら撒いてもいけない。

自粛要請がでて、
飲食店を経営する身としては、
あたまのなかがいろいろループするけれど。

こんなときだからこそ、
バナネイラは営業しなきゃ、、
そう思ってます。

そして、お店に来られない方にも、
ほんとうの食を届けられないと、、
そうも思っています。

テイクアウト、配達、通販、、
それに加えて、
いままで空腹をみたすことが食事だと思っていた人たちにも、本質的なことが届く方法も考えたいと思っています。

3周年をむかえました

2 bananeira. ドイス バナネイラ、3周年を迎えました。

「人」がだいすきな私が始めた飲食店は、いつの間にか「必要な人や情報にアクセスできる場所」「ただいまっていいそうになる場所」といわれるようになり、たくさんのコミュニティもできていて。

ただただ「パワー溢れる野菜を食べて貰いたい」という意図でできたバナネイラに、まるでグリコのおまけのように「キャラメルもおいしいけどおまけがたのしみ!」という、そんなおまけのコミュニティが加わったことで、わたしにとってもお客さんにとっても、バナネイラが「まるまんまでいられる居場所」になれたらいいなと切に思います。

「人とのつながりがすべて」

この3年で、ほんとうに強くそう思えるのは、まわりにいてくださるみなさんが繋いでくださったご縁のおかげ以外にありません。

これからまた1年、5年、と、バナネイラと一緒に、わたしも成長していきたいと思います。バナネイラをみつけてくださってありがとうございます。

そしてまだバナネイラ未体験の方は、ぜひぜひ足を運んでみてください。もちろん、キャラメルだけでも、パワーマックスなので!!

最後に、バナネイラの3周年に花を添えてくださったAzumi Neonativeさん、ナナ ラビラビさん、最幸のひとときをバナネイラにダウンロードしてくださってありがとうございました。それぞれが自分のモノサシを確かめている今に、間違いなく、それぞれに強いヒカリが降り注いだすばらしいライブ、最高に幸せでした。また必ず会いにいきます!!

あたりまえなんてない

大型地震や台風… 今回のウィルス。予測できないいろいろ。まわりでもたくさんのイベントが中止になり、それにともなって、みえていない多くの人たちが大打撃ををうけている。こんなとき、大企業ならなんとか持ち堪えられるかもしれないけど、個人商店はいとも簡単に露頭に迷ってしまう。

こんなときに感じるのは、普段の「あたりまえ」が、かけがえのない幸せな日々なんだということ。「あたりまえ」なんてないんだということをひしひしと感じる。病気になってはじめて、健康な身体がいかに大切なのかに気づいたり、大切な人を失ってはじめて、その存在の大きさに気づくのとおなじ。

「国内のワクチンメーカーは厚労省の天下り先で、自分たちのワクチンを売りたいから対応が遅れた」とか、国民の健康を省みずに自分たちのことしか考えてない人たちが国を動かしてるとか知って、はらわたが煮えくりかえるけど… こんなときにもブレずにいるためには、情報がいくらでもとれる今だけど、その元がどこからのものか… 生き方そのものや大切に思ってるものを見直し、本質を見極めていく「人間回帰」がなにより大切だなって思う。

バナネイラも今週は閑古鳥の日もあって、不安でいっぱいだけど… 要はそんな本質をちゃんと捉えて毎日を過ごせば、この国のヘンなこととかヘンな人とかと関係ないフィールドで在ればよいだけだった。昨日もそんなお客さんが「こんなときこそ野菜たべないとね。もっと普段からちゃんとしようと思ったよ。」とか「スパイス摂ってれば平気だよね。」とかのコトバに救われたり、でも、だからって政治に関心をもたずに生きていくのはナンセンスだし、明るい未来のためにはそこを無視するわけにはいかないから、微力だけど、わたしはわたしにできる発信をつづけていきたいと思う。

自然のなかには、何かをたすけるための植物しかない。殺菌、抗菌、浄化… ビタミン、食物繊維、ミネラル… そして微生物。このコロナすら、変容してチカラが弱くなってるらしいし。しかも以前から既にたくさん入ってきてて、多くの人が免疫を持っているという見解もある。

起こることはすべて光に向かうためのプロセス… 今回のことも、いろんなことの気づきになった。

インフルエンザワクチンとか、狂犬病ワクチンとか、予防接種とか、そんなあたりまえとされてるものについて、今一度ちゃんと考えて行動できる人が増える日本に、はやくなってほしい。

「アイデアとは魚のようなものだ。小さな魚を捕まえるなら、浅瀬にいればいい。でも大きな魚をつかまえるには、深く潜らなくてはならない。」

            ディビット・リンチ

見本の女性たち

どんなビジネスをするかとか
なにを学ぶかとか
どこに属してるとか
そんなことはどうでもよくて
どこでどう在っても
自分にとって適切で尊いと思うものに
自分がどれだけ行動できて
経験と感動を重ねて
それを糧にすべてのバランスをとりながら
成長していけばいい
質を高めていけばいい
そしたらさ
会いたい人には会えて
必要な情報は勝手に入ってきて
気付いたらまわりには大好きな人しかいなくなる
すべて自分を真ん中におくことがなにより大切

… という、
わたしが勝手にお母さんだと思ってる
まわりにいてくれる年上の女性たちから浴びた
確信の備忘録。

Seja Vegano=ヴィーガンとか

3年前のあたまのなか。

これを描いたときはまだバナネイラは欠片もなくて、ただただベジクエルをクローズすることだけが決まってて。

漠然と、キッチンカーがすっぽり入るハコ(ガレージ)で、そこで営業したり、もちろんキッチンカーとして外でも出店したり、キッチンカーが出て行った空間ではヨガとかライブができる場所があったら面白いなぁって考えてた。

だから店名は「Seja Vegano=ヴィーガンとか」っていうゆるい名前。

これはこれで面白かったと思うけど、これを描いた3か月後には、元クリーニング屋さんでスケルトンだったところに今のバナネイラがオープンしてるってことだから、やっぱり、あのときのいろんなコトやモノやヒトがスルスルとまとまっていったスピード感とエネルギーは、ぜったいわたしひとりのものじゃないよなって思う。

うまくいえないけど… きっと、うず潮とか竜巻みたいなもの。

わたしの父

本日誕生日の父から送られてきた、北大のイチョウ並木。特に思い出があるわけじゃないのに、ものすごいノスタルジー。

2枚目は、孫たちに愛をこめてつくった落ち葉アートだそうで。父のアートなんて、らくがきの異様に愛嬌のある波平みたいな絵しかみたことなかったから超意外。

3枚目は2年前、彼がはじめてバナネイラに来たとき。

以下、長文注意です。

わたしは父親っ子だったし、いろんなところに連れてってくれた父との思い出がたくさんある。夏のキャンプでは海で銛ひとつ持って沖にぐんぐん泳いでいって素潜りで魚をたくさんとってきてくれた。冬は丘のある公園でエンドレスなソリ遊びとか、スキー場では父の鼻毛が凍ってて大笑いしたりとか。どこかの帰りにわたしはらーめんが食べたくて父はトンカツが食べたくて、でも超絶にお腹がすいてたから目に止まったらーめん屋に入ったらトンカツらーめんがあって、やっぱり大笑いしたりとか。故郷の会津若松にいったときは、車中でずっと懐メロを聞いてたから「夜明けのスキャット」とか「美しい十代」とか「ブルーシャドトウをもう一度」とか「花の首飾り」とかだいたいなんでも歌えるようになった。あるときの下校時間にまるでたまちゃんのお父さんみたいに物陰からわたしの写真を撮ってたり、ガラス工芸の体験でコップの4面にそれぞれ「美緒」「みお」「ミオ」「MIO」って書いてるのをみたときは苦笑いだったけど、寝室で寝技をかけあうように遊んでいて白熱しすぎて壁にヒビが入ったり、バッティングセンターに一緒にいってオロナミンCを飲むのがたのしみだったり、受験前の塾の三者面談の帰りに落ち込んでる父に「大丈夫だよ、わたしほんんっとに、まだちっとも勉強してないから」と励ましながら帰ったりした。

父との思い出をあげればキリがない。わたしは中2から高校を卒業して上京するまで父と2人で暮らすことになったのだけど、彼はずーっとごはんも洗濯もぜんぶやってくれてた。お弁当もつくってくれてた。今思えばほんとうに大変だったと思うし、ずっと仲良しなだけだったのに、ケンカもたくさんするようになったり泣かせてしまったりもした。でもとにかくわたしのことを大好きで大切にしてくれた。

当時の彼より今の自分がお姉さんになってたり、長女も中3になった今、ものすごいリアリティとともに感謝とか尊敬とか切ない気持ちが押し寄せてくる。

当時のわたしはグレることもなく卑屈になることもなく哀しいくらいに自分の状況を冷静に受け止めながら、父と2人の生活に慣れていき、友達ともゲラゲラ笑って過ごしていたけど、たまーに、ふとしたときに、その当時の、やっぱりたまーに、ふとしたときに襲われた「ぽつん」と何処かにいた小さな自分を思い出しては、胸がチクリと痛んだりする。

父から離れて25年。たまに会う父をみて「ああ、わたしはこの人が父親でよかった」と心から思う。頑固だけどあまり概念がない体育会系特有のわかりやすさと自由な父のもとで伸び伸び育ったから、いまの私が在る。孫と犬の写真を撮るために躊躇なく芝生にうつ伏せになったり、Wiiのテニスで白熱して足をくじいたりする父のことを、わたしも大好きなんだなと思う。

父が年老いても、わたしがおばさんになっても、彼は父親でわたしは娘。なるべくながく、ピンピンコロリのその瞬間まで、人生を謳歌してほしいなと思う。

日経MJに「みりんカクテル」掲載

10月21日の日経MJさんに「みりんが呑めるお店」が掲載されていました。青葉区の藤が丘にあるそうです。とても満足そうにみりんカクテルを眺める素敵なお客さまと、ニヤニヤとそれをすすめる、なんだか見たことあるような気がするTシャツを着た、アンパンマンみたいなほっぺたの店員がびっくりのスケールで載ってます。

こんなに大きく、そんな、「ホンモノのみりんは呑めるんだよ! 」なんてことを教えちゃったら、全国の料理好きの奥さまたちがキッチンドランカーになっちゃいますね。… というわけでみなさん、いいですか、今から大切なことをいいますよ? キッチンに入って、エプロンをつけたらまず「呑んだら乗るな、呑むならバナネイラ」を唱えるようにしてください。大切なことなので、もう一度いいます。「呑んだら乗るな、呑むならバ

パタゴニア横浜店20周年ケータリング

昨日は、パタゴニア横浜店さんの20周年パーティにて、出張ケータリングでした。(って書いてて、このような素晴らしいコンセプトの企業からのオファーをいただいたことは夢みたいで、まだあまり現実感がないです)

わたしにとってパタゴニアさんは、地球保全の理想をかかげているだけの企業ではなく「地球を守るためにビジネスにしている」という意志がグッと伝わってくる、地球の救世主的企業。製品につかうコットンをすべてオーガニックコットンに変えたり、縫製している方々までを透明化したり、リサイクルはもちろん、多くの人々に環境問題についてを啓蒙しながら、ビジネスとしてもしっかりと結果をだしている、世界中で認められている高品質ブランド… マイナス点なし… もう、神…

そして、昨日実際にその世界をちょっとだけ垣間みせていただきましたが… マイ箸、マイ皿持参のスタッフさんとそのご家族… よって、ケータリング後のゴミはほぼゼロ。搬入も搬出もあたりまえにお手伝いいただき… みなさんで歌う「風になりたい」。ほんとに素敵な空間でした。規模は比にならないけど、わたしもまた背筋ピンの目標が整いました。

このご縁は、前回の記事にアップした、パタゴニアの社員の伊勢谷 千裕 (Chihiro Iseya)さんが ご来店されたご縁。光栄すぎて今日は筆がすすみません。(こんなに書いといてそれはないだろといわれそう、、)ほんとうにありがとうございました。

自分が褒められるよりうれしくありがたいこと

カトウがナカニシシェフと出会って約4年。
ドッグランで犬友達だった当時は、あざみ野クエルクスの昼間を「ベジクエル」とさせてもらい、カトウがカウンターに立って料理を提供。シェフは料理の仕事から離れ、ゴルフⅡを愛する人たちをWEB上でサポートする仕事をしていた。

バナネイラをオープンしてすぐくらいの頃「この人をどうやって働かせたんですか!?」と、何人かの人が目をまんまるくして私に尋ねてきた。 「もう料理の仕事はしない」と心に決めていたシェフは、いくつものシェフとしての誘いを断ってきたそうで(わたしも最初は断られました)彼がこんな横浜の端っこの、どうみても高給ではない小さなヴィーガン料理屋に立っていることが、不思議で仕方なかったんだと思う。

ナカニシシェフいわく「ベジクエルでみおさんのカレーを最初に食べたときに「こんな料理をする人なら信頼できる」と思ったことや、ヴィーガンという枠があることが逆にスイッチを入れた」とのこと。そして、シェフが当時わたしが作っていた自家製の豆乳ヨーグルトとスピルリナをつかったデザートにハマり、キッチンとカウンターで何度かゆっくり話をする時間を重ねていたある日、たまたまオーナーだった辻さんがやってきたときに、ようやく「はい、じゃあ手伝います!」といってくれたのが、今思えばバナネイラの起源。

わたしが里犬を貰わなかったら。カレーにがっかりされてたら。スピルリナがなかったら。そもそも、ベジクエルがなかったら。そんなのどんどんでてくるけど、どのひとつがなくても、ナカニシシェフがヴィーガン界に君臨することはなかったわけで。あっぶな。

長々となったけど… そんなナカニシシェフの料理に感動して、嬉しすぎる記事をアップしてくださったパタゴニアの伊勢谷さんの記事をシェア。そうそう、シェフの凄いところは、その人の顔をみて、その人がその時に欲しているぴったりの塩加減やスパイスがわかるところ。これはもう、第六感だと思う。そしてそれをもっとも堪能できるのはコースメニュー!、、なのに、今、ちゃんとメニューには載ってないことに気づく… 💦 ちゃんと、ちゃんとしよう。。

ヴィーガン料理店『2bananeira(ドイス バナネイラ)』を食してきた〜〜〜国連の気候変動政府間パネル(IPCC )52カ国の科学者107人が…

伊勢谷 千裕さんの投稿 2019年10月17日木曜日