丹光という言葉を知る

フェイスブックで目にしたこれ… わたしの見る丹光にそっくりで、ビクッとしてしまった。

しかも、いままでこれが「丹光」っていうってことを知らなくて、これみてドキドキしてググったけど、なかなかこのワードにたどり着けなかったし、はじめてこれもチャクラにつながってることとか、この正体を知ってびっくりした。

小さい頃、寝る前に、目をつぶってるのにまぶたの裏が真っ白のなかに幾何学模様の万華鏡みたいのがみえたり、真っ黒のなかに赤と緑と青のドットがぐるぐるみえたりするのが面白かったのを憶えてる。でもいまはこのドーナツ型。色は黄緑、紫、白が、ぶぉーんって変わっていく。バックは黒の日と白の日とある。

これを第3の目でみてる、自分の魂だといってる人もいた。

ブラックホールをきっかけに、これがそういうもので、みんなにみえているわけではないことを知って、いろいろショッキング。

本来の食事の役割とは?

こないだ、とあるヴィーガンレストランに行って気づいたことがありました。

それは… いままで漠然と思っていたこと。
ふわっと心にはずっとあったけど、文章にしたことはなかったこと。

bananeira.はヴィーガンのお店だけど、ヴィーガンがなにより素晴らしい食事であると思っているわけではなくて。

誤解があってはいけないので付け足すと、この「なにより素晴らしい」というのは、「本来の食事としての役割として」ということにかかっています。

じゃあ、「本来の食事としての役割って?」ということになりますが…

人がなぜ食事をするのかというと、エネルギーの補給のためで。
食べるものが活力になったり、コンディションを整えたり、細胞を修復したり、心が満たされたり、脳が活性化したり。

決して、ただただお腹をみたすためのものではなくて。

そして、グルテンフリー、マクロビ、糖質制限… いろいろな健康志向の食事法があるけれど… これらのどれが一番とか、どれが間違っているとかはなく、大切なのは、その人の体に合っているということと、決して型がすべてではない!ということ。

いちばん大切なのは、
「自然にちかい、エネルギーのあるものをバランスよく食べる」
これに尽きるとおもいます。
そして、「神経質になりすぎない」これも、ほんとうに大切。

 

ここまでだと、まだちょっとふわっとしていますね。

具体的に書くと…

いまの一般的な加工品には、保存料・着色料・化学調味料…
野菜には、遺伝子組み換え・農薬・化学肥料…
肉には、ホルモン剤・発色剤に加え、劣悪な環境での飼育と粗悪な餌…
こんな、体にとっては毒でしかないものが、人々の健康を考えるよりも先立って、大量生産・大量消費のためにつかわれているのが現状です。

ひとつひとつには微量だから食べてすぐに体に症状がでるわけではないけれど、これを毎日毎日摂取することで、どんどん蓄積して、確実に体を蝕んでいきます。

本来、体を修復して元気にするはずの食事で、こういうものをたくさん摂ってしまうと、体はこれらの消化と解毒にかなりのエネルギーをつかい、修復どころではなくなってしまいます。ガン細胞だって、実は日々どの人にも発生してるけど、本来はそれを消してしまうパワーが人の体には備わっているのに、そのエネルギーがないから、ガンに蝕まれてしまう。

アレルギーが起こるのも、免疫が弱まっているから。体がだるいのも、なんだか眠いのも、血液の浄化が間に合わなくてエネルギーが不足しているから。肌が荒れるのも、心が不安なのも、ぜんぶ同じで、繋がっています。

あと、先ほど「ヴィーガンがなにより素晴らしい食事法だとは思っていない」と書いたのは、肉や魚を使っていないだけで、食品添加物はたくさん摂っていたり、野菜を食べなかったり、食べていても農薬まみれだったりしたら、決して体にいいとは言えないからです。(もちろん、宗教的な理由だったり、動物愛護の観点でいくのなら、また話は別になってきますが)

断食で肌がキレイになったり、心が安定したり、頭がクリアになったりするのは、食べないことで、いままで消化と解毒につかわれてたエネルギーが全部、体の修復につかわれ、自然治癒力を呼び覚ますから。五感が冴えるのも、不純物が消えることで、本来持っていたけど鈍ってしまったパワーが元に戻るだけのこと。不食の人が生きていられるのは、空気中のプラーナ(宇宙に存在する活力・エネルギー)を体内に取り入れることができているからだそうです。(プラーナは空気だけじゃなく、食べ物にももちろん存在しています。)

宇宙のワードがでてきた時点で、このページが怪しいと閉じたくなってしまう人も多いかもしれないし、なんだ結局はそんな哲学的なこと?と思われるかもしれないけど、わたしの20年のオーガニック業界?人生で、実際に目にしてきた不食の人、ヨガでプラーナを取り込んでイキイキしている人、断食後に生まれ変わったようになった人、末期ガンで医者に見放された人が、食事を変えたことで完治したこと… 食に気をつけてから一年くらいで頬から消えた、わたしの顔のシミ… これらをゆっくりとリアルにみてきて、食(=エネルギー)が体に及ぼす影響の大きさをひしひしと感じ。そしてなにより、秦野の野菜にものすごいエネルギーを感じて、これをひとりでも多くの人に食べてもらわなくては… と、お店まで開いてしまったわたしの本気に免じて、どうか最後まで読んでみてください(苦笑)

長くなってしまいましたが、最初に戻ります。
わたしが行った、とあるヴィーガンレストラン。ヴィーガンの人たちの評価も高く、以前から気になっていたお店でした。

でも…

大豆グルテンを使って、お肉っぽくしたり、魚っぽくしたり。
要は、肉や魚料理を、ヴィーガン化する。

…わたしがみなさんにお届けしたいのはこれが要ではなくて、
「漲るエネルギー」の方なんだな。ということでした。

もちろん、それを否定しているわけではないから、
bananeira.にもベジザンギやベジそぼろなんかがあります。

でも、bananeira.としてみなさんにぜひぜひ食べてもらいたいのは、

野菜!!

だって、すごいエネルギーだから。
濃いプラーナがぎゅぎゅっと入った野菜だから。
愛情込めて作られた野菜を、愛情込めて料理しているから。

だから、山に登ったり、海に行ったりして自然の力をもらいたいけど、
なかなかそんな時間なんてできないし… っていう人に、
そんなエネルギーを注入できる「ファストフード」のイメージで、
bananeira.には来てもらいたいのです。

食べた人の体調を整えて、心を癒す魔法をつかってますから。

 

最後に… これも絶対につけくわえて書いておきたいこと。

ここまで読んで「ああ… スーパーに売ってる野菜も、外食も、カップラーメンも、マヨネーズかけるときも、蝕まれる体を想像してしまうじゃないか…」

それは… 確かに、体には毒です。
でも、その気持ちはその毒を強めてしまいます。。
むしろ、そっちの方が問題です。

食べるときは気持ちよく、感謝して食べてください。
健康に気を使っている人ほど病気してる… っていう噂があるのは、きっとこの気持ちのせいだと思います。ジャッチすること。いつまでも心に残しておくこと。
(これは、食べ物だけじゃなくて、感情も。)

食べたもの全部がうまーく、いいものだけが残って、悪いものはでていくイメージで「ありがたかったー、ごちそうさま!」で、おわり!

一週間単位で考えて、なるべくエネルギーのあるものを取り入れるようにこころがけ、家ではお米とお味噌とお醤油と塩をほんものに変えて、野菜はできるだけ無農薬ものを。小麦は国産に。それだけで随分エネルギー貯金ができると思います。

あとは、どうしてもコンビニでなにか食べなきゃいけないときは、菓子パンじゃなくて梅おにぎりにするとか。思い切って半断食するとか。コンビニのお弁当のレシピ考案をしていた方とお話しする機会があったのですが… コンビニ弁当って、48時間常温で置いておいても腐敗しないっていうのが大前提なのだそう。で、その保存料に加えて、いろんな食品添加物をいれると、元々のレシピではぜんぜんだめなくらい薬の味になっちゃうから、さらに化学調味料と塩と砂糖をその味がでなくなるまで入れるそうで… 彼は「あんなもの、俺は絶対にたべないし、まして子供になんて絶対たべさせちゃだめ」って言い切ってました。だから、さっき、「食べるときは気持ちよく…」って書いたけど、とりあえずコンビニのお弁当はやめてください(笑)

あと、もちろん、溜めてしまったものの排出を促すこともできます。たとえば白米を玄米に変える、繊維質の野菜や海藻を摂る、お風呂にゆっくり浸かる、麻炭とか竹炭の力を借りる、じっくり汗をかく。不純物を摂り入れるのをゼロにするのは、今の世の中では難しいから、摂り入れるもの以上に排出することを意識していくことは、とても大事だと思います。

いつも、もっと短くサクッと書くつもりで書き始めるに、結局ながくなってしまい、書きたかったことがぼやけてしまいました…ああ…

まとめると。

みなさん、普段からなるべくエネルギーのあるものを食べてください。
そして、心も体もデトックスすることを大切にしてください。

そして!
エネルギー不足だなぁと思ったら、bananeira.にきてください☺︎

12年前を振り返るブログはじめます

こないだ、伊勢原のオーガニックマーケットで、あるお客さんに「あの…ブログ書いてた方ですよね?」と話しかけられ。

突然でびっくりして「ん?ブログ?ええと、書いてましたけど… いや、書いてます… ええと、でも、なんの、どんなブログですか?」と聞いてみると、なんとずーっと昔の子育てブログのことで。

小さな我が子vs働くことへの葛藤… 当時なかなかのアクセスがあって、雑誌で取り上げられたこともあったり、遠くから会いに来てくれた人も何人かいて、いまだに繋がってる人もいたり。三日坊主どころか一日坊主が多いわたしにとってブログをつづけられたのは、その先に読んでくれる人たちが喜んでくれていたのを感じられたから。

最近、いろんなライブをみる機会があって、自分もなにか表現したいと思ってYouTubeチャンネルをつくってみたりして。

でも書くこともやっぱり好きで、ほんとは踊りたかったりもするんだけど今はそんな時間もないので、当時書いてた子育てブログを12年後のわたしがコメントする…っていうこのブログが、働くお母さんのエールになったり、緩んだりしたらいいな。

Parenting -miobana-

ないけど「ある」もの

バナネイラというお店をはじめて…バナネイラに訪れてくれる方々と毎日を送るなかで。要は、わたしは笑っていいとものタモリのようなもので、お客さんたちはゲストなのだけど。タモリとしてこの2年で確信したことは、「出会うべき人同士は、わざわざ引き合わせなくても勝手に出会う」「ほんとうに知るべき情報は、自然に入るようになっている」そしていちばん思うのは「バナネイラという場所は、そういうことが異様に起こりやすい場所である」ということ。

それが度重なるにつれて、タモリなわたしは「あ、この人とあの人はいつか会うだろうな」とか「この人とあの人は1秒で仲良くなるだろうな」とか「この人とあの人があったら凄いだろうからきっといつか会うだろうな」とか「この人なんだろう… 普通のお客さんじゃないよな」とか、そういうふうに思うと、ほんとうに実るし、誰かから紹介されてバナネイラを訪れていたりとか、なんだか凄いご縁があったことがわかったりする。

で、これって、実は秘密があって。

最初に書いたふたつは、大小別としてどこでもそうだと思う。でもみっつめの「バナネイラという場所は、そういうことが異様に起こりやすい場所である」っていうやつは、わたしが意図してそうしたことになる。自分のお店を、そういう場所にしたかったから。というか、ほんとうにそうなるかは半信半疑だったけれど、実践したからそうなったんだと思ってる。

その実践というのは…「カタカムナのちからを使った」ということ。

なんだ?スピリチュアルか?と思う人もいるかもしれないけど、もう、いま、スピリチュアルはほわっとしたものでも絵空事でもなんでもなくて(もちろんほわっとさせて悪徳なものとか協会ビジネス的なものは具合悪くなるほどあるけど)科学では説明できないけれど「ある」もの、みえないけれど「ある」もの、その、なんだかわからないけどぜったいに「ある」よね、ってものに、多くの人が気づいてると思う。チャクラとかオーラとかもこれにあたるけど、どこにもない(3次元では)けど、「ある」ものは、ちがう次元にあるから、説明できないだけで… このちがう次元では、時間も距離もサイズ感も、いまの次元とはまったく異なってて(異なってるというよりは無いのか)ただただ、わたしのようななんにも見えないし聞こえない人にとってはいつまでもそういうものってただの不思議でおわってしまったり、その不思議に触れたくていろんなところに行ってみたり誰かに会いに行ってみたりして。

ああ、ちょっとブレてしまった。ええと、軌道修正すると。わたしは、みえたり聞こえたりはまったくないけど、そうじゃない人たちがまわりに多く存在していて、もう信じるとか信じないとかじゃなく、目の当たりにしてそういうものが「ある」のを知ってしまったから。説明なんてできないし、理解なんてできないけど、とりあえずその「ある」ものを「あるんだ」と認めて世界をみてみると、不思議とか偶然とかが消える。ただただ「凄いなぁ…面白いなぁ…」と、感心する。それを続けてきて、だんだん「これは重要なんだな」とか「渦がきてるな」とか「やっぱり淘汰されたな」とかを俯瞰して、ちょっとやそっとでは驚かなくなってるんだけど、なんだかバナネイラという場所をつくってからは、それを超える「おおおおおお!」ってことがほんとに多い。

と、ここまでかいて、その「おおおおお!」の原因だとおもわれるカタカムナについては触れずにおわることにする。明日はまかれるままに渦にのってみようと、新宿ロフトでへんてこ音頭だし。この先一体、なにがおこるんだろう…

ざんねんなわたしの「なんでもボックス」表明

もう半年もここに綴っていなかったのは、わたしが整理整頓が苦手だということに直結していると思う。

インスタ。フェイスブック。ツイッター。このブログ。

どこになにを書くかを一度整理したはずなのに、ツイッターとここは止まってるし、インスタとフェイスブックもただただほぼほぼ同じことを書いている。

それって、わたしのタンスのなかと同じで、リセットするときはアホみたいに極端にやる。靴下はここ。カポエイラ着はここ。それって、思えば小さい頃からそうで、リセットするときはレオタードをハンガーにかけてグラデーションにしたりもしてた。あか、おれんじ、きいろ、きみどり、みどり…

なのに、ふと気づくと、もう一枚もハンガーにすらかかっていない。かろうじてかかってるのは、まったく着ない衣装とか、紐がとれそうなやつとか。で、レオタードがどこにいってるかというと、母親がたたんだままのかたちでエレクトーンの椅子の上にあったり、その前の歴代のたたんでもらったやつは片付けるのが面倒くさいけど、片付けなさいっていわれないようにクローゼットにほうりこんでるから、バレエに行く前にパンツやトレーナにまみれた衣類の山からゴソゴソ探し、みつけた1本目に穴のあいてないちゃんとしたタイツがでてきたらラッキー!みたいに生きていた。ざんねん。ざんねんだけど、そのグラデーションを崩したという自覚がはまったくなくて、ふと気づいたらそうなっている。えええええ。。。って、ある日気づく。で、これは、脳障害レベルだとおもってる。(威張ることでもないけど、きっと病名もつくんじゃないだろうか)そしてある部分では、意識がそこに全くなくなっしまうんだと思う。

なにがいいたいかというと… 結局は、極端にリセットしたときの自分の整頓のルールは、自分の性質にまったく合ってないのだろうから、これからはここをクローゼットの山「なんでもボックス」にしたらいいんだと。いまそれがフェイスブックになってるけど、あこそは流れちゃうから。あそこは一行ぐらいの記事と、一曲歌います記事だけにしようかな。それくらいならできそう。できそうだし、ここなら題名でなんとか遡れるし。

明日の朝は、来年度からはじまるPTAの会議。しかもこれもざんねんなことに、えんえん先延ばしにしちゃったから、小6と中3の両方やる。来春は高校受験と卒業式と入学式と卒業式と入学式があるってことになる。確定申告もある。バナネイラが元気につづいていれば3周年イベントもある。なんだかここもなんでもボックスみたいじゃないか。はぁ。

いろいろやらなきゃなことがあって今日は泣く泣くカポエイラを休んだけど、今日は新月だから、だだだと綴ってみた。来週はいよいよ2周年。ジェットコースターみたいな毎日なのに、まだ2年なのか… と、ものすごくスローリー。

写真は、先日の「ポトラ」で、ランディさんに「ものすごくうまい!」のお墨付きをいただいた「きびキャラメルマイスクリーム」マイは(米)で、決して「わたしのスクリーム」ではない。手前味噌だけど、ほんとにうまい。月末の山の百貨店さんのマルシェでもだそうかな。みんなにたべてほしいな。

きょうもここに在られたことに… 謝謝。

 

宮崎の旅からの… 北海道地震

いろいろと感じることや、いろいろが目まぐるしすぎるここ最近…
すべてを残せずにいるなか、これは残しておかないと。

8月末にいった、宮崎・熊本(椎葉村・高千穂)の旅。
あれは夢だったんじゃないか、と思うような… もう半年は経っているかのような、不思議な感覚と余韻。
「人間にとっての幸せとは何か」という根本的な問いにつながる、ほんとうにいろんなことを考えさせられた旅だった。
そして、たぶん、思い出すため…の旅。

山を見渡しながら「みえるところはだいたいウチの土地」といい… 厳しいことを言ったあとは必ずケラケラと笑う、95歳のクニコおばば。

わたしが生きていることなんて塵より拙いと思った、エネルギー爆発で溢れつづける滝とえんえんつづく柱状節理の高千穂峡。

プラーナだけで生きる… が、確かにここならできるかも知れないと… そして「おかえり」と言っているような気がした、幣立神社や椎葉村の巨木たち。

神楽のあとの満月と、天岩戸神社の神楽の舞台と大イチョウをみつけたときのおかしな感覚… みぞおちあたりにこみあげる苦しくて硬いものと、大井町の三嶋社にあったイチョウのフラッシュバック。

あの世とこの世の境みたいな天安河原と… 誰がどやってあけたかを考えたら宇宙までトリップしちゃうほどに眩しい、上色見熊野座神社の穿戸岩の光のリング。

一瞬、わたしたちはさっき野生の馬たちをみたあと崖から落ちて天国にきてしまったんじゃないかと思った… 阿蘇山の噴火口を目指す山道に拡がる雲海。

「鶴富姫伝説」に想いをはせた…
でも伝説なんかではない、リアルを目の前にした、
忘れられないダイジェストがこの6つ。

そんなスペクタクルすぎる旅から帰ってきてすぐ…
関西の台風と、
故郷、北海道の大地震。

…記してないことも含めてなんとなく整理できたことを備忘録としてまとめると。

祖父の口から、いつも厚真あづまと聞いていた、わたしのルーツでもあるところの、あの山半分なくなっているような土砂崩れをみて… そこに知ってる人がいようがいまいが、日本じゃない海外だろうが、この地球のどこかで、たいへんな思いをしている人たちがいるっていうこと。村上老師がおっしゃっていた「こどもと女を守るために男はいる」「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない -宮崎賢治-」が、どしんと胸に入ってきた。

そして、被災地以外に暮らす私たちにできる大切なことのひとつに「忘れない」ということがあると。
自然の膨大なエネルギー。原発事故。恐ろしい津波。停電生活の不便さ。そしてなにより…あのとき確かに変わった「日常に感謝する」という意識。それをひとりひとりがしっかりと記憶にとどめておくことで、社会全体を少し良い方向に変えることができるのではないかと思った。

人からどう思われているかとか、他人の意見に惑わされたり、ご利益や知識に依存したりするのではなく。
まして、願い事が叶うのがスピリチュアル… なんかではなく。

自分の頭で考え、感覚を大切に研ぎ澄まし。自分の足でしっかりと立って、自分のなかにある神聖さとつながって1日1日を精一杯生きることが、本来の自分を生きるということなんだな、と。それができてやっと、宇宙とのエネルギー循環ができて、無理なく調和していけるんだな、と。

見えている世界も見えてない世界も、全くおなじなんだな、と。

これが、クニコおばばと、大自然と、さまざまな神々(三木さんを含む)から教わったこと。
ミラクルはつづく…毎日が、スペクタクル。

マシマロは関係ない

わたしのプライオリティのトップは「笑顔」なんだと。

そしてそれは、自分のこと以上に、笑ってない人がいることがダメ。

まして、それが自分のせいで笑えてないとなると、ザワザワと一気に心の均衡が崩れて、理解を求めようとしてしまう。

そしてそんなとき、いつも自分の小ささを知る。

はるかなる太平洋のように、在りたい。

#憧れはマシマロガール #マシマロは関係ない #マシマロ #まゆみちゃんいつも切り取りをありがとう

猿田彦大神が…

なんの前情報もなく目に飛び込んできたこの方に一目惚れしたのは…7ヶ月前。(まだ7ヶ月なのかと驚くがしかし。) そのあまりのセンセーションな出会いのとき、2,500年前の土偶さんがすぐそこに在るというのに、この絵画に惹きつけられてしまってなかなか御前から離れられなかった。

神々や精霊たちに満ちた世界を描く画家「堀内亜紀さん」が自動書記に近いかたちで描かれたという、三重の椿大神社にも奉納されているというこの方の正体は… なんと猿田彦大神だという。

一目惚れをしてしまったその夜、この猿田彦さんのことを夢中で調べ…そして、調べれば調べるほどに興味深く、さらにさらに引き込まれ。

たとえばそれは、太陽神だったとか、天狗の原形だとか、はたまた火山のことだとか。導きの神だったり、道祖神だったり。古事記にも日本書紀にも火の鳥(わたしのサルタヒコの初認識はココ)にもでてくる。そしてガネーシャ、歓喜天、エジプトの神話の「日出を歓び迎え賛歌を捧げるのは猿神の役目」だということなんかも共通していて。

調べているうちにだんだんだんだん、なんだかカイザーソゼが誰なんだかを考えてるような気持ちになってきて。めっちゃ身近に、猿田彦さんの正体があるような気がして。そして思えば火の鳥でサルタヒコがでてきたとき既に「え?サルタヒコってなんだっけ?」って思った気もしてきて。

そしてそんなわたしの静かな興奮がモエタイまわりにも伝染し、ひっそりと猿田彦旋風@バナネイラが巻き起こり、いろんな人がわたしに猿田彦情報を耳打ち?してくれるようになってたのが、だいたい半年前ほど。

そしてそれが収まったちょっと後に、堀内亜紀さんとお友達だという方と出会って、また再燃してひとりどきどきどきどきしたり。岡上という場所で、びっくりなものをみつけたり。

ああ… なかなか終わらなそうなので、このへんではしょりますけど。

わたしをこんなに夢中にさせている、邇邇芸尊(ににぎのみこと)を高千穂に導いたといわれる猿田彦大神の絵画(複製)が… なんとバナネイラに託されました。

いつでもご覧いただけます。
(どきどきどきどき)

この導きの神さまは… バナネイラをどこに導いてくださろうと、ここにいらしたのでしょうか…

すべてのご縁が奇跡であり、必然であり。
すべてがありがたすぎて、卒倒しそうです…

巨木を前に、いつも思うこと

相和地域の三嶋社を偶然みつけて、まだ半年ちょっとした経っていないことに、こないだほんとうにびっくりした。

あのとき痛烈に思ったこと… 「ひとりでも多くの人と、この自然のすばらしさを共有したい。そして残さなければならない。」それは「秦野の野菜をひとりでも多くの人に食べてもらわないと。」っていう、誰に頼まれたわけでもないのに勝手に前のめりで遂行しているそれにとても似ている。

で…巨木を目の前に、いつも思うこと。

樹齢400年のクスノキも、とおくからみたら小さなブロッコリーで。さらに地球の、宇宙のスペクタルで考えたとき、宇宙がわたしの体だとすると、このクスノキはわたしの細胞のひとつよりちっちゃいもので。

でも、いつも近づくにつれ、わたしはこのクスノキの大きさにおののく。

下から見上げたときにみえる伸びた枝の一本一本と、その先の葉の一枚一枚。うっとりするほどに正確な葉脈。そして、目にはみえないけれど、この枝葉の何倍もしっかりと地に張り巡らされているであろう根っこたちの存在に、毎回毎回感嘆する。

クスノキ自体が宇宙でもあるし、幹にくっついている小さな虫でさえ、自分のなかに宇宙をもっているということにどきどきしながら、いつもなにかを思いださなきゃいけない気がして深呼吸してしまう。ここにいる小さな虫は、いま自分のいる世界が、宇宙の一部の、さらにさらに微細な一本のクスノキのだなんてわかるわけないと思う反面、それも漠然とぜんぶ知ってる気もする。

でも、そんなことよりも不思議なこと… 地球上の生き物における「生命をつながきゃ!」という、微生物からクジラまでみんなが持ってる想念のシステム。

植物も動物もみんな、どんなに危険でも、過酷でも、命をつなげようとする。

なんで?

そして、生命をつないでいくというミッションとは別にあると思うこと。それは、地球上の生き物はみんな、うまれる前にかみさまと、ある約束をしてきたんだと思う。それを果たすために生きているんだと思う。

で、その約束をはたすことっていうのが、学びなんだと思う。で、その約束をわすれちゃってると、生きるのがとっても苦しくなってしまうんだと思う。

それがなにかとたずねたら… いまのわたしがそれをコトバにしてしまっては、まだまだ陳腐なものになってしまうので、とにかく、その(たぶん合ってる)やくそくを、日々実践してみようと思う。

ながながと、一気に。

今日は急遽、伊勢原の山の百貨店さんに伺うことに。日々のすばらしいすべてのご縁に、深謝して。

ランディさんとの出会い

田口ランディさんの独演会にいってきた。
濃い、濃い、5時間。
会場にいた1人残らずが、最後まで前のめりで聴き入っていた。

わたしがランディさんの作品に初めてふれたのが「できればムカつかずに生きたい」というエッセイだった。そのときのセンセーションは、なんとも言葉にしにくいのだけれど、簡単にいうと「これはわたしが書いたんじゃないのか?」というのが一番近くて、そこにはわたしの心のモヤモヤが、くっきりとした輪郭のコトバになっていて。「ああ、わたしの苦しいのはこれだったんだ」と、自分でも気づかないうちにたくさんたくさん胸にためこんでいたものが、ぜんぶ溶けていけるんじゃないか… と、思えるものだった。

それから、ランディさんの作品にのめり込んだし、ツイッターを読んだり、突如として凄いタイミングで、なにか雑誌の付録?としてついてきた「ラーレの香り」というミニブックがこころに突き刺さったりしたけれど、今日ランディさんが言っていたのと同じく「こういう凄いものをつくるひとはごく限られた一部であって、天才であって、わたしには関係ない」と思っていたからか、あんなに凄すぎるランディさんに会える日がくるなんて、1ミリも考えたこともなかった。でも、元旦、ポトラという「渦」に、おそらくわたしは呼び込まれ、ランディさんと出会わせてもらった。

今日の独演会でランディさんが話してくださった「うまくいくときはすべて受動的」「インスピレーションとアクション」「ある波動にむかって、いろいろな必要なものが集まってきて渦ができたとき、それはとにかくうまくいく」そのすべてが、ここ1年の自分のことだと思った。

バナネイラをオープンできたことは、今思うと、いろんな偶然が重なった、ほんとうに奇跡のようなもので。そして、一年足らずでできた「モエタイ」という、まるでもうひとつの家族のようなコミュニティがあること。秦野とのつながり。大井町との出会い。そして「ポトラ」を経て、わたしのカオをみたランディさんが「ああ、ミオさん!」と手を握ってくださること。どれもこれもが、パラレルワールドであり、ほんとうであり、ただただ「いま」であり。

的に向かっていくのではなく、的に降りてくるものを待つ。平静でいること。たぶん、いま、わたしは渦のなかにいるんだと。

このブログの1本目… 全身にでた蕁麻疹から1年。
バナネイラが生まれてから、もうすぐ1年。

「未来から、いまがくる。」

ちょっと前のわたしにはちんぷんかんぷんだったこのコトバが、最近ちょっとだけわかるようになってきた。

今度またランディさんにお会いできるときまでに、今日の質疑応答で躊躇して聞けなかったことを、自分で悟りたい。縛られることなく、怖れずに。。