12年前を振り返るブログはじめます

こないだ、伊勢原のオーガニックマーケットで、あるお客さんに「あの…ブログ書いてた方ですよね?」と話しかけられ。

突然でびっくりして「ん?ブログ?ええと、書いてましたけど… いや、書いてます… ええと、でも、なんの、どんなブログですか?」と聞いてみると、なんとずーっと昔の子育てブログのことで。

小さな我が子vs働くことへの葛藤… 当時なかなかのアクセスがあって、雑誌で取り上げられたこともあったり、遠くから会いに来てくれた人も何人かいて、いまだに繋がってる人もいたり。三日坊主どころか一日坊主が多いわたしにとってブログをつづけられたのは、その先に読んでくれる人たちが喜んでくれていたのを感じられたから。

最近、いろんなライブをみる機会があって、自分もなにか表現したいと思ってYouTubeチャンネルをつくってみたりして。

でも書くこともやっぱり好きで、ほんとは踊りたかったりもするんだけど今はそんな時間もないので、当時書いてた子育てブログを12年後のわたしがコメントする…っていうこのブログが、働くお母さんのエールになったり、緩んだりしたらいいな。

Parenting -miobana-

ないけど「ある」もの

バナネイラというお店をはじめて…バナネイラに訪れてくれる方々と毎日を送るなかで。要は、わたしは笑っていいとものタモリのようなもので、お客さんたちはゲストなのだけど。タモリとしてこの2年で確信したことは、「出会うべき人同士は、わざわざ引き合わせなくても勝手に出会う」「ほんとうに知るべき情報は、自然に入るようになっている」そしていちばん思うのは「バナネイラという場所は、そういうことが異様に起こりやすい場所である」ということ。

それが度重なるにつれて、タモリなわたしは「あ、この人とあの人はいつか会うだろうな」とか「この人とあの人は1秒で仲良くなるだろうな」とか「この人とあの人があったら凄いだろうからきっといつか会うだろうな」とか「この人なんだろう… 普通のお客さんじゃないよな」とか、そういうふうに思うと、ほんとうに実るし、誰かから紹介されてバナネイラを訪れていたりとか、なんだか凄いご縁があったことがわかったりする。

で、これって、実は秘密があって。

最初に書いたふたつは、大小別としてどこでもそうだと思う。でもみっつめの「バナネイラという場所は、そういうことが異様に起こりやすい場所である」っていうやつは、わたしが意図してそうしたことになる。自分のお店を、そういう場所にしたかったから。というか、ほんとうにそうなるかは半信半疑だったけれど、実践したからそうなったんだと思ってる。

その実践というのは…「カタカムナのちからを使った」ということ。

なんだ?スピリチュアルか?と思う人もいるかもしれないけど、もう、いま、スピリチュアルはほわっとしたものでも絵空事でもなんでもなくて(もちろんほわっとさせて悪徳なものとか協会ビジネス的なものは具合悪くなるほどあるけど)科学では説明できないけれど「ある」もの、みえないけれど「ある」もの、その、なんだかわからないけどぜったいに「ある」よね、ってものに、多くの人が気づいてると思う。チャクラとかオーラとかもこれにあたるけど、どこにもない(3次元では)けど、「ある」ものは、ちがう次元にあるから、説明できないだけで… このちがう次元では、時間も距離もサイズ感も、いまの次元とはまったく異なってて(異なってるというよりは無いのか)ただただ、わたしのようななんにも見えないし聞こえない人にとってはいつまでもそういうものってただの不思議でおわってしまったり、その不思議に触れたくていろんなところに行ってみたり誰かに会いに行ってみたりして。

ああ、ちょっとブレてしまった。ええと、軌道修正すると。わたしは、みえたり聞こえたりはまったくないけど、そうじゃない人たちがまわりに多く存在していて、もう信じるとか信じないとかじゃなく、目の当たりにしてそういうものが「ある」のを知ってしまったから。説明なんてできないし、理解なんてできないけど、とりあえずその「ある」ものを「あるんだ」と認めて世界をみてみると、不思議とか偶然とかが消える。ただただ「凄いなぁ…面白いなぁ…」と、感心する。それを続けてきて、だんだん「これは重要なんだな」とか「渦がきてるな」とか「やっぱり淘汰されたな」とかを俯瞰して、ちょっとやそっとでは驚かなくなってるんだけど、なんだかバナネイラという場所をつくってからは、それを超える「おおおおおお!」ってことがほんとに多い。

と、ここまでかいて、その「おおおおお!」の原因だとおもわれるカタカムナについては触れずにおわることにする。明日はまかれるままに渦にのってみようと、新宿ロフトでへんてこ音頭だし。この先一体、なにがおこるんだろう…

ざんねんなわたしの「なんでもボックス」表明

もう半年もここに綴っていなかったのは、わたしが整理整頓が苦手だということに直結していると思う。

インスタ。フェイスブック。ツイッター。このブログ。

どこになにを書くかを一度整理したはずなのに、ツイッターとここは止まってるし、インスタとフェイスブックもただただほぼほぼ同じことを書いている。

それって、わたしのタンスのなかと同じで、リセットするときはアホみたいに極端にやる。靴下はここ。カポエイラ着はここ。それって、思えば小さい頃からそうで、リセットするときはレオタードをハンガーにかけてグラデーションにしたりもしてた。あか、おれんじ、きいろ、きみどり、みどり…

なのに、ふと気づくと、もう一枚もハンガーにすらかかっていない。かろうじてかかってるのは、まったく着ない衣装とか、紐がとれそうなやつとか。で、レオタードがどこにいってるかというと、母親がたたんだままのかたちでエレクトーンの椅子の上にあったり、その前の歴代のたたんでもらったやつは片付けるのが面倒くさいけど、片付けなさいっていわれないようにクローゼットにほうりこんでるから、バレエに行く前にパンツやトレーナにまみれた衣類の山からゴソゴソ探し、みつけた1本目に穴のあいてないちゃんとしたタイツがでてきたらラッキー!みたいに生きていた。ざんねん。ざんねんだけど、そのグラデーションを崩したという自覚がはまったくなくて、ふと気づいたらそうなっている。えええええ。。。って、ある日気づく。で、これは、脳障害レベルだとおもってる。(威張ることでもないけど、きっと病名もつくんじゃないだろうか)そしてある部分では、意識がそこに全くなくなっしまうんだと思う。

なにがいいたいかというと… 結局は、極端にリセットしたときの自分の整頓のルールは、自分の性質にまったく合ってないのだろうから、これからはここをクローゼットの山「なんでもボックス」にしたらいいんだと。いまそれがフェイスブックになってるけど、あこそは流れちゃうから。あそこは一行ぐらいの記事と、一曲歌います記事だけにしようかな。それくらいならできそう。できそうだし、ここなら題名でなんとか遡れるし。

明日の朝は、来年度からはじまるPTAの会議。しかもこれもざんねんなことに、えんえん先延ばしにしちゃったから、小6と中3の両方やる。来春は高校受験と卒業式と入学式と卒業式と入学式があるってことになる。確定申告もある。バナネイラが元気につづいていれば3周年イベントもある。なんだかここもなんでもボックスみたいじゃないか。はぁ。

いろいろやらなきゃなことがあって今日は泣く泣くカポエイラを休んだけど、今日は新月だから、だだだと綴ってみた。来週はいよいよ2周年。ジェットコースターみたいな毎日なのに、まだ2年なのか… と、ものすごくスローリー。

写真は、先日の「ポトラ」で、ランディさんに「ものすごくうまい!」のお墨付きをいただいた「きびキャラメルマイスクリーム」マイは(米)で、決して「わたしのスクリーム」ではない。手前味噌だけど、ほんとにうまい。月末の山の百貨店さんのマルシェでもだそうかな。みんなにたべてほしいな。

きょうもここに在られたことに… 謝謝。

 

宮崎の旅からの… 北海道地震

いろいろと感じることや、いろいろが目まぐるしすぎるここ最近…
すべてを残せずにいるなか、これは残しておかないと。

8月末にいった、宮崎・熊本(椎葉村・高千穂)の旅。
あれは夢だったんじゃないか、と思うような… もう半年は経っているかのような、不思議な感覚と余韻。
「人間にとっての幸せとは何か」という根本的な問いにつながる、ほんとうにいろんなことを考えさせられた旅だった。
そして、たぶん、思い出すため…の旅。

山を見渡しながら「みえるところはだいたいウチの土地」といい… 厳しいことを言ったあとは必ずケラケラと笑う、95歳のクニコおばば。

わたしが生きていることなんて塵より拙いと思った、エネルギー爆発で溢れつづける滝とえんえんつづく柱状節理の高千穂峡。

プラーナだけで生きる… が、確かにここならできるかも知れないと… そして「おかえり」と言っているような気がした、幣立神社や椎葉村の巨木たち。

神楽のあとの満月と、天岩戸神社の神楽の舞台と大イチョウをみつけたときのおかしな感覚… みぞおちあたりにこみあげる苦しくて硬いものと、大井町の三嶋社にあったイチョウのフラッシュバック。

あの世とこの世の境みたいな天安河原と… 誰がどやってあけたかを考えたら宇宙までトリップしちゃうほどに眩しい、上色見熊野座神社の穿戸岩の光のリング。

一瞬、わたしたちはさっき野生の馬たちをみたあと崖から落ちて天国にきてしまったんじゃないかと思った… 阿蘇山の噴火口を目指す山道に拡がる雲海。

「鶴富姫伝説」に想いをはせた…
でも伝説なんかではない、リアルを目の前にした、
忘れられないダイジェストがこの6つ。

そんなスペクタクルすぎる旅から帰ってきてすぐ…
関西の台風と、
故郷、北海道の大地震。

…記してないことも含めてなんとなく整理できたことを備忘録としてまとめると。

祖父の口から、いつも厚真あづまと聞いていた、わたしのルーツでもあるところの、あの山半分なくなっているような土砂崩れをみて… そこに知ってる人がいようがいまいが、日本じゃない海外だろうが、この地球のどこかで、たいへんな思いをしている人たちがいるっていうこと。村上老師がおっしゃっていた「こどもと女を守るために男はいる」「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない -宮崎賢治-」が、どしんと胸に入ってきた。

そして、被災地以外に暮らす私たちにできる大切なことのひとつに「忘れない」ということがあると。
自然の膨大なエネルギー。原発事故。恐ろしい津波。停電生活の不便さ。そしてなにより…あのとき確かに変わった「日常に感謝する」という意識。それをひとりひとりがしっかりと記憶にとどめておくことで、社会全体を少し良い方向に変えることができるのではないかと思った。

人からどう思われているかとか、他人の意見に惑わされたり、ご利益や知識に依存したりするのではなく。
まして、願い事が叶うのがスピリチュアル… なんかではなく。

自分の頭で考え、感覚を大切に研ぎ澄まし。自分の足でしっかりと立って、自分のなかにある神聖さとつながって1日1日を精一杯生きることが、本来の自分を生きるということなんだな、と。それができてやっと、宇宙とのエネルギー循環ができて、無理なく調和していけるんだな、と。

見えている世界も見えてない世界も、全くおなじなんだな、と。

これが、クニコおばばと、大自然と、さまざまな神々(三木さんを含む)から教わったこと。
ミラクルはつづく…毎日が、スペクタクル。

猿田彦大神が…

なんの前情報もなく目に飛び込んできたこの方に一目惚れしたのは…7ヶ月前。(まだ7ヶ月なのかと驚くがしかし。) そのあまりのセンセーションな出会いのとき、2,500年前の土偶さんがすぐそこに在るというのに、この絵画に惹きつけられてしまってなかなか御前から離れられなかった。

神々や精霊たちに満ちた世界を描く画家「堀内亜紀さん」が自動書記に近いかたちで描かれたという、三重の椿大神社にも奉納されているというこの方の正体は… なんと猿田彦大神だという。

一目惚れをしてしまったその夜、この猿田彦さんのことを夢中で調べ…そして、調べれば調べるほどに興味深く、さらにさらに引き込まれ。

たとえばそれは、太陽神だったとか、天狗の原形だとか、はたまた火山のことだとか。導きの神だったり、道祖神だったり。古事記にも日本書紀にも火の鳥(わたしのサルタヒコの初認識はココ)にもでてくる。そしてガネーシャ、歓喜天、エジプトの神話の「日出を歓び迎え賛歌を捧げるのは猿神の役目」だということなんかも共通していて。

調べているうちにだんだんだんだん、なんだかカイザーソゼが誰なんだかを考えてるような気持ちになってきて。めっちゃ身近に、猿田彦さんの正体があるような気がして。そして思えば火の鳥でサルタヒコがでてきたとき既に「え?サルタヒコってなんだっけ?」って思った気もしてきて。

そしてそんなわたしの静かな興奮がモエタイまわりにも伝染し、ひっそりと猿田彦旋風@バナネイラが巻き起こり、いろんな人がわたしに猿田彦情報を耳打ち?してくれるようになってたのが、だいたい半年前ほど。

そしてそれが収まったちょっと後に、堀内亜紀さんとお友達だという方と出会って、また再燃してひとりどきどきどきどきしたり。岡上という場所で、びっくりなものをみつけたり。

ああ… なかなか終わらなそうなので、このへんではしょりますけど。

わたしをこんなに夢中にさせている、邇邇芸尊(ににぎのみこと)を高千穂に導いたといわれる猿田彦大神の絵画(複製)が… なんとバナネイラに託されました。

いつでもご覧いただけます。
(どきどきどきどき)

この導きの神さまは… バナネイラをどこに導いてくださろうと、ここにいらしたのでしょうか…

すべてのご縁が奇跡であり、必然であり。
すべてがありがたすぎて、卒倒しそうです…

巨木を前に、いつも思うこと

相和地域の三嶋社を偶然みつけて、まだ半年ちょっとした経っていないことに、こないだほんとうにびっくりした。

あのとき痛烈に思ったこと… 「ひとりでも多くの人と、この自然のすばらしさを共有したい。そして残さなければならない。」それは「秦野の野菜をひとりでも多くの人に食べてもらわないと。」っていう、誰に頼まれたわけでもないのに勝手に前のめりで遂行しているそれにとても似ている。

で…巨木を目の前に、いつも思うこと。

樹齢400年のクスノキも、とおくからみたら小さなブロッコリーで。さらに地球の、宇宙のスペクタルで考えたとき、宇宙がわたしの体だとすると、このクスノキはわたしの細胞のひとつよりちっちゃいもので。

でも、いつも近づくにつれ、わたしはこのクスノキの大きさにおののく。

下から見上げたときにみえる伸びた枝の一本一本と、その先の葉の一枚一枚。うっとりするほどに正確な葉脈。そして、目にはみえないけれど、この枝葉の何倍もしっかりと地に張り巡らされているであろう根っこたちの存在に、毎回毎回感嘆する。

クスノキ自体が宇宙でもあるし、幹にくっついている小さな虫でさえ、自分のなかに宇宙をもっているということにどきどきしながら、いつもなにかを思いださなきゃいけない気がして深呼吸してしまう。ここにいる小さな虫は、いま自分のいる世界が、宇宙の一部の、さらにさらに微細な一本のクスノキのだなんてわかるわけないと思う反面、それも漠然とぜんぶ知ってる気もする。

でも、そんなことよりも不思議なこと… 地球上の生き物における「生命をつながきゃ!」という、微生物からクジラまでみんなが持ってる想念のシステム。

植物も動物もみんな、どんなに危険でも、過酷でも、命をつなげようとする。

なんで?

そして、生命をつないでいくというミッションとは別にあると思うこと。それは、地球上の生き物はみんな、うまれる前にかみさまと、ある約束をしてきたんだと思う。それを果たすために生きているんだと思う。

で、その約束をはたすことっていうのが、学びなんだと思う。で、その約束をわすれちゃってると、生きるのがとっても苦しくなってしまうんだと思う。

それがなにかとたずねたら… いまのわたしがそれをコトバにしてしまっては、まだまだ陳腐なものになってしまうので、とにかく、その(たぶん合ってる)やくそくを、日々実践してみようと思う。

ながながと、一気に。

今日は急遽、伊勢原の山の百貨店さんに伺うことに。日々のすばらしいすべてのご縁に、深謝して。

ランディさんとの出会い

田口ランディさんの独演会にいってきた。
濃い、濃い、5時間。
会場にいた1人残らずが、最後まで前のめりで聴き入っていた。

わたしがランディさんの作品に初めてふれたのが「できればムカつかずに生きたい」というエッセイだった。そのときのセンセーションは、なんとも言葉にしにくいのだけれど、簡単にいうと「これはわたしが書いたんじゃないのか?」というのが一番近くて、そこにはわたしの心のモヤモヤが、くっきりとした輪郭のコトバになっていて。「ああ、わたしの苦しいのはこれだったんだ」と、自分でも気づかないうちにたくさんたくさん胸にためこんでいたものが、ぜんぶ溶けていけるんじゃないか… と、思えるものだった。

それから、ランディさんの作品にのめり込んだし、ツイッターを読んだり、突如として凄いタイミングで、なにか雑誌の付録?としてついてきた「ラーレの香り」というミニブックがこころに突き刺さったりしたけれど、今日ランディさんが言っていたのと同じく「こういう凄いものをつくるひとはごく限られた一部であって、天才であって、わたしには関係ない」と思っていたからか、あんなに凄すぎるランディさんに会える日がくるなんて、1ミリも考えたこともなかった。でも、元旦、ポトラという「渦」に、おそらくわたしは呼び込まれ、ランディさんと出会わせてもらった。

今日の独演会でランディさんが話してくださった「うまくいくときはすべて受動的」「インスピレーションとアクション」「ある波動にむかって、いろいろな必要なものが集まってきて渦ができたとき、それはとにかくうまくいく」そのすべてが、ここ1年の自分のことだと思った。

バナネイラをオープンできたことは、今思うと、いろんな偶然が重なった、ほんとうに奇跡のようなもので。そして、一年足らずでできた「モエタイ」という、まるでもうひとつの家族のようなコミュニティがあること。秦野とのつながり。大井町との出会い。そして「ポトラ」を経て、わたしのカオをみたランディさんが「ああ、ミオさん!」と手を握ってくださること。どれもこれもが、パラレルワールドであり、ほんとうであり、ただただ「いま」であり。

的に向かっていくのではなく、的に降りてくるものを待つ。平静でいること。たぶん、いま、わたしは渦のなかにいるんだと。

このブログの1本目… 全身にでた蕁麻疹から1年。
バナネイラが生まれてから、もうすぐ1年。

「未来から、いまがくる。」

ちょっと前のわたしにはちんぷんかんぷんだったこのコトバが、最近ちょっとだけわかるようになってきた。

今度またランディさんにお会いできるときまでに、今日の質疑応答で躊躇して聞けなかったことを、自分で悟りたい。縛られることなく、怖れずに。。

すばらしい地「秦野」

以前残した備忘録831の日をおえてが、バナネイラの在りかたのA面だとすると。

実はもうひとつ、ずっと漠然とあるB面の、勝手に役割だと思っていることが、「秦野というすばらしい地を大切にしていくためになにかをする」こと。(この「なにか」が、ずっとモヤっとしているのだけれど)

秦野って、すべてがほんとうにすばらしく。湧き水、山脈、富士山のみえる景色… そしてなにより、その澄んだ空気というか、波動。

簡単かつ極端にいうと、伊勢神宮に漂っている空気のような。「きっとここには、都会からは姿を消してしまった”かみさま”が存在するんだろうな」というようなあの独特な感じが、畑にいても、お蕎麦屋さんにいても、ずーっとゆるーくある。

 

秦野に限らず田舎の方にいくと「氏神さま」や「天王さま」農耕儀礼に関係する行事がたくさん残っているのがみてとれる。そして、それにはその土地の生活や人の由来がちゃんと結びついているから、そういう空気に触れるたびに「八百万の神」の存在は、自分のなかではすっかりあたりまえになっていて。

で、秦野はきっとそれがとても色濃くあるから野菜もおいしくできるんだろうなぁと思っていたし、秦野付近がすべての神さまの発祥の地なんじゃないかということや、神奈川という地には「神」が入っていたりとかすることに気づかせてもらったりと、ここ数年でいろいろ思うことがあって。

 

自然っていう漢字って、昔は「じねん」と読んでいたそうで。「自然=自ずとそうなる=自然に生かされている」ということ。生かされている=共生。「共生=共に生み出していく」それが信仰へとつながり「神々への感謝=神道の心」という、古くから日本人の精神に息づいているものにつながるんだと思うのだけれど、なんと英語のNature(自然)の元になっているラテン語も「自ずとそうなる」という意味なのだそうで。カタカムナでみても「シ(示し・現象・死)ゼ(引き受ける)ン(ゼを強める)」…すべてを引き受ける… (さすがカタカムナ…)

ほんと、なんでも示されることはおなじで、やっぱりそこに辿りつくから「ほぉぉ」って腑におちてしまうし、それが軸にあると、惑わされることも迷うことも、不安になることもなくなる。

で、先日、秦野を訪れたときに偶然とおりかかって、あまりに引き込まれて立ち寄った「三嶋神社」の本殿の脇の木の棒に、見落としかねないほど小さく「巨木めぐり⇨」って書いてあるのをみつけて、獣道をすすんでいくと…そこにはこの上なく荘厳に佇む巨木(敬称をおつけしたいけどみあたらない)がたくさんあって。

それはもう、ものすごいエネルギーで。しかも、いくつもいくつもあり。

 

 

 

秦野という、すばらしい地。

登山をする人には知られているようだけれど、こんなにすばらしい秦野という場所を、関東の人たちもあまり知らない。そしてきっと、日本という国には、こういうすばらしいスポットがたくさんあるんだと思うのだけど。

わたしはこの「秦野」を、縁あってみつけてしまったわけで。

 

それを知らない人に伝えていくことがとても重要で、ひとりでも多くの人とこの自然のすばらしさを共有したいと、巨木をめぐりながらものすごく強く感じ。

いままではただただ「野菜のエネルギーが濃いんです」「落花生が特産です」「湧き水を汲みに県外からも来るそうです」と、そんなふうにとっかかりだけ伝えておわってしまっていた。でも、もっと具体的に秦野の自然のすばらしさを伝えることで、

自然である神々への感謝をする=循環と調和

…そんな意識につなげられるんじゃないかと。

バナネイランチの野菜を通じて…また、こうやってブログで発信することで、秦野を知る人が増えて訪れるきっかけになったり、畑に触れる機会を得たり。

そうやって、無農薬・無化学肥料栽培などのずーっと循環していける方法で野菜をつくっている生産者さんの存在や、自然あふれる地のすばらしさを伝えるコンテンツとして、ひとつのメディアになることが、バナネイラの役割なんじゃないかと。

森を守り、自然と共生していくことの大切さを、伝えられるんじゃないかと。

…ここまでかいて、役割にA面もB面もなかった。むしろこっちがA面かも?と思い始めてしまったところで。。そして冒頭の…「なにかをする」は、もうバナネイラという「場」ができたことで始められているのかもしれない… そんなふうに思えたところで。。

今日はここまで。謝謝。

オープンから半年弱… 831の日を終えての備忘録

オーガニックだから。ベジだから。

だからってストイックではない、そのどっちもポジティブにしたいという、ずっとある想い。

バナネイラの提供する「ヴィーガン」というオルタナティブな”食”をとおして… まずは自分のココロとカラダのことから。そして、その先で、地球や未来について考えていく… バナネイラは、そんな、きっかけづくりの「場」。

これが、現時点で目指しているバナネイラの在り方(だいぶグローバル)。でも、実はとてもシンプルで大切なこと。「能動的に動けるようになって初めて人は自由になり、喜びを感じることができる」それは食でもおなじことで… なにを食べてもいいという自由のなかでの、今、何をたべるかを選択するための知識。食を選ぶのも、能動的に。バナネイラはそれを、いろんな側面からアプローチしていく… そんなサポートができる「場」。

そしてなにより、支えてくれている生産者さんと常に手を繋いで歩いていけるように、人々のニーズをみつける。普通とは逆だけれど、それがわたしが望んでいたことで、わたしが得た自由。それをゆっくりと寄り添わせながら、それぞれの笑顔を増やしていく。それができるのが、バナネイラという「場」。

以上、831の日を終えて、41歳になって、感謝に溺れながらの、備忘録おわり。

全身に拡がった蕁麻疹を、薬なしで一晩で治した備忘録

金曜日の夜、なんか首がチクチクして痒いなぁって思って鏡をみたら、レンズ豆くらいの大きさの白い発疹がいくつかできていて。なんだ?工事の粉とかでかぶれたか?って思っていたら、手首と肘にもそれが浮き出てきて。

わぁ、これは蕁麻疹だ。って思った時には、腰にも膝の裏もポツポツしていた。

 

完全ヴィーガンの食生活をしてみて、いろいろなことを確信したり感じたりして。ベジクエルをはじめてからは、完全ヴィーガンではなく、時折お肉をたべたり乳製品も摂ったりもして、やっぱりいろいろ感じたことがあって。

感じたことを書くのはまた次回にするとして… 今回の蕁麻疹について書くと。

 

  1. お店のオープンの準備期間中、昼はずっと外食(白米とかお肉も)だった。
  2. オープンに向けていろんな精神的負荷(わくわくも含む)があった。
  3. ずっと摂ってなかった「牛乳」を数日(調子に乗って)摂っていた。
  4. よなよなパソコンに向かい(PTAの広報誌とかもあって)睡眠不足がちだった。

→ 疲れがとれず、むくみがでてきたので、ファスティング体制に…

→発疹。

 

自己見解

あったかくなって肝臓とか臓器に溜め込んだ脂肪とか老廃物が血液にでてくるときに、しかも心も体も常にいっしょうけんめいだったりしてるのに、連日の外食。更にファスティングとかしてしまったから、処理が間に合わなくて皮膚からでてしまった。つまりはリンパの目詰まり。

土曜も日曜もオープンにむけてはずせない予定があって、ようやく自分の体と真剣に向き合えたのが、日曜日の夕方。(ちなみに土曜日、これからお世話になる畑の方とご一緒させてもらった二宮の素敵なベーカリーで「にんじんポタージュ」を注文してしまい、顔も腫れて動悸もしてきて「あ。牛乳か…」ってやっと気づいた。さらに追い討ちをかけるように担々麺までたべて、悲鳴をあげるほどの痒さと痛さを味わう。これはわかってたのに、まさに後悔先に立たず。刺激物質にくわえ、小麦もダメだった。)そこでようやくリンパの目詰まりだという見解に達して、こどもたちに「うわぁ…ママ病院いってきなよ… 」っていわれながら、とりあえず買い物にいって、大根、生姜、切り干し大根、あずきを買ってくる。

 

なにが効いたのか、ぜんぶの相乗効果だったのかわからないけれど…

全身に地図みたいに赤く盛り上がって腫れ上がってた状態から、薬に頼ることなく朝になったら何事もなかったようにすっかりキレイになっていたので、備忘録&どなたかの参考になればとおもい、わすれないうちに記しておこうと思う。

  1. 大根おろし=大根4センチぶんくらいをそのままゴクン。
  2. 生大根+梅肉エキス=大根2センチぶんくらいを、梅肉エキス2mlくらいつけてボリボリ。
  3. スピルリナ粉末を納豆に混ぜて。
  4. 切り干し大根と干し椎茸と生姜の味噌スープ=おおきいお椀2杯(切り干し大根も干し椎茸も戻し汁ごとそのまま使う。ちょっと煮てから、少量の手前味噌を加え、さらにおろし生姜を加える)
  5. あずき茶=マグカップに1.5杯(一時間浸水したあずきを40分ほど煮た汁)

以上を、つくりながら3時間くらいかけて摂取。その間、10回以上トイレにいく(尿のみ)。発疹やかゆみは消えなかったけれど、就寝前にはなんとなく腫れがひいていたように思う。ただ、布団のなかで気が狂うくらいの痒みに襲われ、蕁麻疹は掻いちゃダメっていうのはてっぱんのお約束だとおもうのだけど、朦朧とするなか「いや、これはむしろ掻きむしるべきだな」っていう直感がわいて、欲望のままに全身を掻きむしる。そのあと、ほぼ夢遊病の人のように、掻いたところにひまし油とユーカリ油を薄く塗る。(そのあとの記憶はないから、たぶん痒みは治まったんだとおもう。)朝になったら、嘘のように発疹がきえていた。

翌日… 切り干し大根のスープの具を、ちょっとだけ調味して食べる。煮た小豆も、ちょっとだけメープルと塩と加えて食べる。ルイボスティーとかのハーブティーを飲む。

火曜日現在、ちょっとずつ普通の食事に戻し蕁麻疹はでていないけれど… まだあのものすごいざわざわする嫌な感覚が残っていて、牛乳を飲む勇気はまったく持てないし、もう飲まないと思う。

 

<まとめ>

今回さらに確信したこと… いつもこうやって体が弱った時に濃く感じることができるのだけど、「食」は、ほんとうにおおきく心と体に影響を及ぼしてるということ。通常は、なにかしらが働いてカバーしてくれている。それは内臓だったり血液だったり。そのしくみはびっくりするほど精巧で、緻密で、なにより心がものすごく影響している。不調が起こったときは、どこかしらの内臓が悲鳴をあげているサインで、なにか偏ったものを摂り過ぎて、処理しきれなくなっている証拠。そしてその内臓の働きは「食」で強靭にしたり促したりすることができる。今回は牛乳によるリンパの目詰まり。だから、たとえ病院にいって表面上だけ薬で抑えても、毒素が溜まった状態ではまた再発してしまうのが目に見えている。根本から改善するために、たんぱく質や脂肪の消化を促す大根、煮汁に解毒(デトックス)作用のあるあずき、万能の血液をサラサラにしてくれる梅肉エキス、補えない栄養にスピルリナ。掻きむしったので、炎症を抑制したり、痛みを鎮めてくれるひまし油と、殺菌作用のあるユーカリ油を塗った。内側からと外側からのケアができたから鎮まった。

そしてなにより、今回こうやって敏感になった体で過ごして強く思うことは、アレルゲンの表示についての重要度。そして、卵・乳製品・小麦なしの外食や、おやつを手にいれることの難しさ。日本だと、ヴィーガンの人は、お蕎麦やさんぐらいしか安心して入れない…(しかも小麦なしなら10割のあるお店)グルテンフリーのヴィーガンおやつ。乳製品フリーのチョコレート。そういうものを切実に求めている人にとっての、藤が丘の駆け込み寺みたいなバナネイラになろう。

以上、蕁麻疹備忘録おわり。