自分が褒められるよりうれしくありがたいこと

カトウがナカニシシェフと出会って約4年。
ドッグランで犬友達だった当時は、あざみ野クエルクスの昼間を「ベジクエル」とさせてもらい、カトウがカウンターに立って料理を提供。シェフは料理の仕事から離れ、ゴルフⅡを愛する人たちをWEB上でサポートする仕事をしていた。

バナネイラをオープンしてすぐくらいの頃「この人をどうやって働かせたんですか!?」と、何人かの人が目をまんまるくして私に尋ねてきた。 「もう料理の仕事はしない」と心に決めていたシェフは、いくつものシェフとしての誘いを断ってきたそうで(わたしも最初は断られました)彼がこんな横浜の端っこの、どうみても高給ではない小さなヴィーガン料理屋に立っていることが、不思議で仕方なかったんだと思う。

ナカニシシェフいわく「ベジクエルでみおさんのカレーを最初に食べたときに「こんな料理をする人なら信頼できる」と思ったことや、ヴィーガンという枠があることが逆にスイッチを入れた」とのこと。そして、シェフが当時わたしが作っていた自家製の豆乳ヨーグルトとスピルリナをつかったデザートにハマり、キッチンとカウンターで何度かゆっくり話をする時間を重ねていたある日、たまたまオーナーだった辻さんがやってきたときに、ようやく「はい、じゃあ手伝います!」といってくれたのが、今思えばバナネイラの起源。

わたしが里犬を貰わなかったら。カレーにがっかりされてたら。スピルリナがなかったら。そもそも、ベジクエルがなかったら。そんなのどんどんでてくるけど、どのひとつがなくても、ナカニシシェフがヴィーガン界に君臨することはなかったわけで。あっぶな。

長々となったけど… そんなナカニシシェフの料理に感動して、嬉しすぎる記事をアップしてくださったパタゴニアの伊勢谷さんの記事をシェア。そうそう、シェフの凄いところは、その人の顔をみて、その人がその時に欲しているぴったりの塩加減やスパイスがわかるところ。これはもう、第六感だと思う。そしてそれをもっとも堪能できるのはコースメニュー!、、なのに、今、ちゃんとメニューには載ってないことに気づく… 💦 ちゃんと、ちゃんとしよう。。

ヴィーガン料理店『2bananeira(ドイス バナネイラ)』を食してきた〜〜〜国連の気候変動政府間パネル(IPCC )52カ国の科学者107人が…

伊勢谷 千裕さんの投稿 2019年10月17日木曜日

バナネイラがマキコランド支部に

「◯◯フッチ」って呼ばれたらね、それは、アイヌでは『誰もから尊敬されている素晴らしいおばあさん』っていう称号なの。」ってマキコさんが言ったから。10.18はフッチ記念日。

札幌生まれの私…
小さなときから、身近にアイヌ刺繍や木彫りがあった。
そして… わたしの住んでいた豊平区(トヨヒラ)はアイヌ語で「トイピラペット」意味:川の水がその岸を切り崩すだと知ったり(豊平川の河川敷でよくあそんいた)。わたしが通った学校、小中高とずっと付いていた平岸という地名も、「崖の尻」を意味するアイヌ語地名の「ピラ・ケシ」からきている(崖の尻とは、川沿いの崖において下流側の端をいう)とか。倶知安(くっちゃん)、占冠(しむかっぷ)、積丹(しゃこたん)….

もうあらゆる地名がアイヌ語で。

で。ここからは空想だけど。
わたしの、きっと、ルーツ。

わたしの母方の祖父は、去年土砂崩れに見舞われた厚真町うまれで。そのとき、この土地のことを少しだけ調べていたら… この付近にはその昔、多くのアイヌの方々が生活をしていたと。それを知ってから、あらゆる方がなんだか急に勝手にわたしにアイヌにまつわるいろいろな情報を耳打ちしてくるようになり。

そして今回のこのご縁も、井上貴子さんがバナネイラにいらしたときに、なぜかアイヌの話になり… 「アイヌ刺繍は、家族の身を守るために必ず棘模様が施してあるの」とか「すてきな子守唄の動画があって…」といういろいろに、なんだかきゅんきゅん&どきどきしているうちに「みおさん… そういえば雰囲気がなんかマキコさんに似てる…」という話になって… その30分後には、急遽、アイヌの血を受け注がれているマキコさんの刺繍ワークショップ開催が決定に。そしてなんと、これから毎月きてくれることになった。

実際にお会いして…
誰もが思うのかも知れないけど、マキコさんを他人とは思えなかった。

すべてを包むこむ柔らかさ。受容性。
とめどなくながれる誰もに等しく注がれる癒しの波動。
また憧れる女性が増えてしまった。

マキコさんが毎月バナネイラに来てくれることになったことは
それはもう、海を手に入れたような、ものすごい安心感。
いつかわたしもミオフッチと呼ばれるようなおばあさんになりたい。

「あざみ野クエルクス」フォーエバー

たった1年半のことだったとは思えない… わたしの人生の転機だったベジクエル時代。その、ベジクエルという場を与えてくれた、あざみ野クエルクス(発酵バル クエルクス)が、10.10に閉店しました。

4年前、どこの馬の骨かもわからない私を快く受け入れてくれた、辻さんと小松崎さん。ベジフォークやバナネイラのオープンの時も手伝ってくれたかんちゃん。いろんなシーンでスタッフ枠でいてくれた八島さん。そして、ナカニシシェフとの出会い… いまもどんどん拡がっているいろんな方々との繋がりや、自分自身の気づきの原点は、この濃い濃い1年半にあったんだなぁと、つくづく思いました。

大切な場所がなくなってしまうのは寂しいけど… 「それぞれがまた別々のところで活躍して、繋がりがどんどん拡がっていけばいい」といっていた、辻さんのコトバと。そしてお店というのは、料理が、お酒が、立地が… だけでは決してなくて、そこを守る人と集う人で作り上げられるものなんだな(というか、自分が作りたいお店はそういうお店なんだな)ということを、あざクエファイナルに集まったたくさんの人たちをキッチンから眺めながら、お店というものの在り方や、人が人に及ぼす影響とか、人と人が手を繋いだときにでてくるエネルギーの違いとか、そんな、ひとりひとりが持っているパワーの凄さを、改めて感じられた夜でした。

あざクエがなくなっても… ずっと、この感謝を忘れずに。そして、これからも続いていくご縁を大切に、これまでの想いをいろんなカタチでバナネイラという場や、関わってくださる方々に還元していきたいと思います。ありがとうございました。そしてこれからも、どうぞよろしくお願いします!!あざクエ万歳❤︎

風邪っぴきの戯言

「儲かってる?」
「ううん、儲かってないよ」
「だめじゃん!」

… 昨日の、ある方とわたしの会話。
(写真とは関係ありません…w)

かっこつけるわけじゃないけど「儲けたい」って思ってたら、別のことしてる。旦那さんがサラリーマンで、住宅ローンもあって、子供も2人いて、公庫や銀行からお金を借りてバナネイラをはじめて2年半。「儲ける」なんて全然程遠くて、日々、お金は流れているだけ。マイナスのときも、もちろんたくさんある。でも… わたしにとっては、バナネイラをつくることには、ほんとうに大きな意味があった。素晴らしい人たちとの出会い… これはかけがえのない、お金では買えないもの。

バナネイラにいけば、ミオさんがいる。他愛ない話もできるし、カラダにいいものを食べられる。そして、なんとなく共通した意識を持ってる人たちが集まっててどんどん拡がるから、時間ができたら立ち寄りたくなる。遠くに住んでても、近くまで来たら必ず顔を出して、ただいまー…っていいたくなる。必要な情報が入ってきたり、会うべき人とあえる、そんな場所。

バナネイラがそんな風に、街の片隅にある飲食店というだけじゃなく、まるで、第2のふるさとみたいな。ふるさとじゃないな…ええと、もっと、、なんだろ、ひとつ上に「アクセス」できるような場所。そこで、さらに大地からのパワーを取り入れて、元気になって、また外の世界にいくための寄合所。そんな風になれたらいいなって、ずっと思っている。

そうだなぁ… もし儲けたらきっと、どこかの山を買って、高田さんにダーチャをつくってもらって、農やホリスティックなエキスパートさんを抱えて、大災害があったときに電気やガスがなくてもみんなで楽しく生活できるフィールドをつくるかな。

だから… きっとわたしは、いつまで経ってもずっと器用貧乏暇なし。そして昨日の「だめじゃん!」もちゃんと受け入れて、とりあえずしっかり地に足をつけてアンテナショップバナネイラを存続し、さらにたくさんの人たちと出会えるように、なにごともバランスよく精進しよう。それには今の無茶苦茶な政治に目をむけることも、どんどん破壊されていく環境を守るために自分ができることも、自分の健康についてもちゃんと考えよう。まわりにいてくれる人たちへの感謝を忘れないようにしよう。

以上、風邪っぽくて、ちょっとフワフワしながら浮かんだこと。
今日は残念だけどカポエイラをおやすみして、ぼーっとしよう。

「ミオタロ」スタート

実は、7月〜8月にかけて、スピスピしていない、辛口でサッパリとした、でもめちゃくちゃ教養も実績もある魅力的な女性から、タロットをご教授いただいた。

きっかけは、バナネイラの猿田彦大神を描かれた堀内亜紀さんが手がけられた幻のタロットカードの存在。

素敵すぎ貴重すぎなタロットカードと… タロットを熟知されている方が同時に目の前に現れ。そしてそこに、タロットを知りたい!という方も同席。そうなると、そこからスルスルと話はすすみ、結果、男:女 4:5が集まり(婚活ではありません。しかも、タロット講座にこんなに男性が集まるなんてない!と先生にいわれたり)バナネイラから9名のタロッティストが誕生した。

というわけで… 2期生のゆるい募集と合わせて、バナネイラにてお試しタロット占いを始めることに。(略してミオタロ!)とりあえず50名まで、15分1コインで。それ以降は、自分のハートに聞いて決めようと思う☺︎

今回タロットに触れてみて、、
これって「占い」じゃないなぁって思い。

ダ・ヴィンチ・コードじゃないけど、絵柄に秘められる歴史的背景や文化、暗号めいたシンボルを読み解いていく感じが、ものすごくスリリング。しかも自己セラピー効果もあって、それはカラーリーディングや数秘にも繋がる。

目の前に現れたカードを読み解くと、ループ気味に自分を妨げてくる無意識的にある概念や、隠れた不安とか懸念がチラリと見えたりする。で、自分でそれに気づくことで、よりよい人生を進むために必要なことが明るみになって、潜在的にある自分の可能性を知ることができる。

カードをとおして潜在意識にアクセスできるイメージはカラーリーディングとおなじだけど、タロットの方が絵柄があるぶん、リーディングされる側にとっては、心の底の方に気づきやすいかも?

タロットのなかには、宇宙全体とおなじくらい大きな、森羅万象を網羅する装置?があると唱えた人もいて、文字で表現すると何冊にもおよぶ複雑な観念が、何枚かのカードの組み合わせで安易に腑に落ちたりする。

そして、タロットのいいところは、そんな深いところまでいかなくても、例えばAとBの選択があるときに。迷う… というのは、ミオタロ的には、実はどっちに決めてもよかったりすることだったり、またはどちらも一長一短だったりすることだと思う。

例えるなら… 住む場所を探していて、こっちは駅近だけど家賃が高い。でもこっちは駅から遠いけど広くて家賃も安いんだよなぁ…みたいな。

そんな時、タロットカードを通して、より具体的に「こっちを選ぶとこんな感じ!」っていうのがみえてくると思う。それで清々しく決められたりするところも素敵だなぁと思う。

9.27「ミオタロ」デビュウのカード
Ⅲ 「女帝」

クライアントさん第1号は、ベジクエル時代からの常連さんで、バナネイラをこよなく愛してくれている女性。

カードに問題点を質問して、出たのがこの女帝の正位置…
うーん。イメージ的には何かの逆位置がでてきてくれると思ったから、最初はどういうことだ?… はて… と思ったけど。

「ピン!」

あ、これは、彼女自身のことじゃなくて、アーユルヴェーダそのもののことだ!!と思ったら、スルスルと流れるようにでてくるコトバと同時に鳥肌が。おお。鳥肌が立つってことはきっと正解だね? それを証拠に西窪さんも納得しているじゃないか!!やったーやったー…

濃ゆすぎる6日間

9.22(日)

憧れの女性からのギフトで、白鳥哲監督によるトークショー付「蘇生」の上映会に行ってきた。ほぼ「スサナル」につながることだった。地球再生… 念をおされた気分。

環境問題はもうとっくに「意識高い系」とかそういうんじゃなく、ほんとに深刻なこと。利権のために平和ボケさせられてることを、改めて痛感した。できることから、ひとつずつ。

わたしたちには地球の未来への責任がある。

最前列でみた白鳥さんは、なんか、限りなく透明に近いスプリンググリーンだった。愛が溢れてた。

(早速フォローした「蘇生」のページがアップされたと思ったら、写真にうつっててびっくり)

9.24(火)

レイラインハンティングの第一人者「内田一成」さんのトークセッションにいってきた。

聖地。結界。太陽信仰。
今日もまた、興味深すぎる世界が拡がった。

みえない世界が圧倒的に繋がって、目の前に現れるとき。

これからはもっと、方角とか星とかを意識してみようと思う。そしてそれ以上に足りてない、数字とかどんぶり勘定のほうも、地に足をつけてちゃんとしようと思う。

 

9.26(木)

鳩栗庵さんから「イベントでのお弁当を…」と頼まれ、どんなイベントかうかがってみたら。以前よりいろんな人から「観て!」といわれてきた「美しき緑の星」の上映会だったので、納品だけではなく参加させてもらうことに。

しかも… そこにはガイアシンフォニーのKNOBさんも。
そして、映画は、菅順一さんによる「抱っこスピーカー」での鑑賞。

KNOBさんのディジュリドウは… 耳ではなく、自分の内側からきこえるみたいで、なにかを思い出しそうになった。

抱っこスピーカーによる「美しき緑の星」は… 発禁に追い込まれたっていうのに納得。みんなが接続解除したら困る人たちの手によってそうなっているんだと。これは素晴らしい映画すぎて、活字になんてできないので割愛。

 

9.27(金)

鳩栗庵さんに納品に伺ったら、そこにはうさと服デザイナーのうさぶろうさんの姿が。もうなんというか…あふれる福!!
うさぶろうさんにバナネイラのお菓子が渡り、感無量。

 

一年分のダイジェストみたいな、濃ゆい6日間…

来月のアキーラさん、アイヌ刺繍・マキコさんまでこれが続いたら、濃ゆすぎるエネルギーに倒れてしまうかも…?

 

 

とくするカラダ

シェービングクリームみたいな雲。

長女が撮った写真なのだけど、いまだにちゃんと雲がなんなのかわかってないし、飛行機がなんで飛ぶのかとかもわからないし、目の前にみえている世界は全て幻想っていうのも未だによくわからないけど、現実は私もほんとにマトリックスみたいに、カプセルの中に眠らされて培養されて映像をみせられてるのかもしれないとも思う。

心があって、カラダがあって。
で、人のカラダから生み出されたという真実もあって。

カラダは目にみえるけど、心はみえない。
そして自分で感じられる心もあれば、
自分では気づいてない心もある。

グレートマザーみたいに全てを生み出すチカラと包容力を持ちながら我が子を呑みこむ暗黒面もあったりする鬼子母的な神話は、きっとそういう、誰もが持ち合わせている心の部分で。そこに気づくことが必然で、そのためにカラダをもって生まれてきていたりしてて。

だからきっと、この雲が在ることも必然で意味があって。それと同じように、ひとりひとりの存在にもほんとに意味があって、ウルトラマンでいうと3分間という決められた時間内に敵を倒すことで地球のみんなを守れるか… そんな、生まれる前に自分で決めたテーマを、このカラダが老朽化してしまうまえに… いや、老朽化してみえなくなっても、エドガーケイシーさんや晴哉さんみたいな凄い方々もいるからそうでもないけど、まあ、とにかく、すべてが幻想だとしても、後悔のないように今ここでできることをしたいなと思う。

寿命が80歳だとしたら、もうわたしは1分35秒くらいの時間をつかってしまってるし、もしかしたらもう30秒くらいしか残ってないかもしれないし、まだ自分が決めたテーマすら忘れちゃってるかも知れないのに、もうピーコンピーコン鳴ってるかもしれないから、とりあえずそんなことを思いながら、これから「蘇生」を観てきます。白鳥哲さん、初体験。

淡路島からきたスサナル

昨日は淡路島から「スサナル」というパワフルな発酵液をひっさげて、素敵な方々がバナネイラに。

結論からいうと… バナネイラを始めてからの数えきれないほどの強烈なシンクロたちは、本当に微生物の働きなのかも知れないなと、そんなシンクロの集大成みたいだった昨日、改めて強く思い。そしてこの、創造神話発祥といわれる淡路島で生まれた野草や古代の土、海藻を培養した発酵液(=微生物の塊)が、こうやって巡り巡ってわざわざバナネイラまで来たんだから、もうそれは拡散する場になるしかないでしょ… はい、なります… と、効能効果は置いておいて、微生物たちの意のままに、この「スサナル」を大量購入しました。

誰かのことをふと思い出したら、その人から電話がかかってきたとか、会いたいと思った人と、ありえない場所でばったり会ったとか。そういうことが全て微生物の仕業だと?

わたしたちの意思とは関係なく、出会うべき人とは、先に微生物同士がつながって、引き合わされている?

そんなことをはじめて聞いたときは、正直全然ピンときませんでした。微生物のことも全然知らなかったし(いまもよくわかってないけど)自分のカラダはびっしりと微生物を纏っているいうことも考えたことなかったし。

でも。
これまでの自分の流れ… 秦野という土地が繋いでくれたもの。藤が丘。宮崎。琵琶湖。三鷹。中山。寺家。そして去年からじわじわと繋がっていたっぽい、今回の淡路島。

今まで起こったシンクロはぜんぶ書ききれないけど… 昨日一日だけをとっても、まず中山のはるちゃんから話がきて、蓋をあけてみたら、去年ヤスコさんが繋げてくれた「スサナル」をつくった洋平さんのキャラバンだったこと。しかも昨日、ヤスコさんと同じ日に初めましてだったうさぎさんもバナネイラにいたこと。たまたま忍者で山伏で鍛冶屋狂の岩切さんも来たと思ったら、このキャラバンは昨日、刀鍛冶の方のところに訪れていたこと。兵庫で生まれて淡路島に移住し、今回のキャラバンの手伝いをしてる光さんは、わたしが尊敬してやまない兵庫在住のジョーのヘンテコ音頭に感銘を受けてつながり、光さんもりょうすけさんもヘンテコ音頭を踊っていたこと。洋平さんが淡路島に移住する前は三鷹に住んでいて、わたしの武術太極拳の師の大友さんが営む「やさい村」の常連さんだったこと。夜に、その大友さんを紹介してくれた米山さんが腹ペコで訪れたこと。以前、店頭で彷徨ってた女の子をバナネイラで保護したことがあって、そのママが昨日「スサナルって見て… わたしの友人が洋平さんと友達で… 」と訪れたこと。以前バナネイラを検索で知って訪れてくれた方が、実はイヤシロチ66の奥の田んぼで自然農活動をしていて、前日にキャラバンのことを案内したらなんとれいわ新撰組の街宣車で訪れてくれて、みんなに彼女が考案したオリジナルのれいわ缶バッチを配ってくれたら、ヤスコさんは既にそれを新橋で知り合いから貰っていたこと。そしてもうひと方キャラバンを手伝っているケイコさんが、わたしが2年間教わってるアシュタンガのmomo先生と繋がっていたこと。(しまった、一日だけで書ききれなかった… 漏れてるかも…)→発覚したので追記: この二日前に、鳩栗庵の栗原さんに託されたカレンデュラも淡路島から来ていた!

というわけで、そんなのをみせつけられて、この「スサナル」を拡めないなんて選べませんでした。(もちろんなにより、今書いた全ての方々への尊敬と信頼があるが故のことですが…)

「スサナル」とは、多数の薬草を含む植物から集めた微生物と、古代の土の微生物を培養した、元々は農業用の発酵液。農業を通じて大地の蘇生をし、それに関わる水が「生きた水」に戻ることを意図して培養されたそうです。

そして最近、この発酵液が、美容液として、足湯、入浴につかうなど、人体にも抜群の効果があり、肌の調子が整うだけではなく、体調もすこぶるよくなること。さらにパートナーシップにも抜群の親和性があることが判明し、今回のキャラバンに。

そして、そのきっかけになったのがここ。

多目的ゲストハウス Musubi 淡路島
https://giftshare.wixsite.com/musubi

ギフトで繋がる人と人…

人間だけが、ただただその場その場の特定の相手とだけ、対価を交換するという世界で生きている。自然界にはそれはなく、微生物たちがいっしょうけんめい地球(土)をととのえ、植物を生やし、虫たちの糞だったり、ときには我が身をさしだして、地球全体を守っている。だから循環する。人間だけがその循環を止める存在だったりする。

そんな世界を変えるには、農だけのフィールドではなく、まずは人を変えないといけない。それには… 人のカラダにびっしりといる微生物を変化させないといけない。そして、地球上にいれば、たとえ離れていても微生物を介して交流ができる。自分たちがやっていることは、いのちが望んでいること…

そんなマインドで今回のキャラバンに望んだ方々が運んでくれた、淡路島からのギフト「スサナル」。

これから、わたしなりに、どんな風にこの微生物たちを拡めていくかを、ゆっくり考えたいと思います。(とりあえず、バナネイラで購入できます)

 

繋がりで拡がっていく世界に… わたしのまわりのステキな人たちに…(もしかしたら微生物たちに)昨日も感謝しかない一日でした。

ながながと、おわり。

831パフェからの回想

 

「コンポートしたらナスはぶどうっぽく、バターナッツはマンゴーっぽく、白きゅうりは梨っぽくなるはずだから、それをココナッツ味にして」
「かぼちゃはアイスに、マンゴーはシャーベットに」
「紫じゃがいもはクリームに」

そんな一週間前くらいのわたしのザックリをオーダー票にメモ書きして、831の日の前日にシェフがキッチリとかたちにしてくれてできたのがこの831パフェ。(写真はその前日、試食しているわたしを、ちょっと緊張ぎみにチラ見しているシェフ)

若い頃からずーっと飲食店のキッチンにいて、未だに大使館から料理の要請があるシェフとの出会いは、あざみ野のドッグラン。わたしはベジクエルを立ち上げさせてもらってすぐ位のタイミングだった。

かねてから、引き出しのたくさんある一流のシェフがヴィーガン料理をつくったら、それはそれは素晴らしいものになるにちがいないと思っていて。ヨーロッパなんかはそうじゃないですか。でも日本にそんなお店がなかなかないのは、ヴィーガンとか自然食が「特別な食事=カラダにいいのかも知れないけど高い割にざんねん」っていうイメージが強くて、集客できずにすぐ閉店してしまうからだと思う。

そんなところから… きびだんごもなく鬼退治?について来てくれることになったシェフが、これまでのイタリアンのシェフとパティシエ時代の引き出しをバナネイラで惜しみなくヴィーガン料理に還元してくれることになったので、わたしは要望だけつたえて料理はせずスコーンだけ焼いて逆立ちして、デザイン業でバナネイラを支えつつ。

その原動力は… バナネイラが大好きだといって足を運んでくれている人たちとの繋がりと、バナネイラがあることが大前提でのその拡がり!ほんと、これに尽きる。これは自分でお店を持ってみて、はじめて感じられたこと。

あれ… パフェのこと書くだけのつもりが、長々なっってしまった。「バナネイラを必要としてくれているみなさんのために!」なんて絶対いわない。だってきっと、わたしが誰よりバナネイラを必要としているから!!だからこれから階段をのぼって、栗のスコーンを焼く!!パフェの提供は本日がラスト!!おわり!!

みえるもの みえないもの

わたしが生まれてからずっとあたりまえにそうだった「目にみえるものだけが確かなもの」っていうのは、じつはとっても近代的な感覚で。

人はずーっと昔から、目にみえないものを感じながら、敬ったり、崇めたり… ときとして畏れたり。そしてなにより、それをとても身近な存在として生きてきたのだよな、と。

今のわたしの、その「みえないもの」を感じる唯一のバロメーターは「鳥肌」。(特に、自分が発するコトバに対しての)

そんなことに気づいた(思い出した?)これからは、みえない世界の無限大のパワーを感じながら、物質世界とのバランスをとっていくことが大切だな、と思う。